『春に来たる』2
僕と華黒は春の陽気につられて外に出た。
春休みは雨の日でもない限り万事こんな感じだ。
行く先も決まってショッピングモール。
名を百貨繚乱。
「うへへへへぇ……」
相も変わらず我が妹は嬉しさ天井知らずでだらしのない笑みを浮かべていた。
とは言うもののソレは僕だからわかることで一般人の目には、
「美少女が微笑んでいる」
としか映らない。
これも人徳……というか華黒の個性である。
泣いても笑っても様になる華黒であった。
着ている服は春らしい薄手のジャケットにシャツとスカート。
それほど派手ではなくシックな色合いに纏めてはいるが、これも人徳……じゃなく華黒の個性のせいで極上の服装へと引き立てられていた。
立場が逆だろう。
そう思わざるをえない。
一休さんにしてみれば苦笑する話ではある。
人より袈裟が偉いのか……ってね。
「華黒、鼻の下が伸びてる」
「伸びずにはいられません」
「そんなに僕が好きなの?」
「とても魅力的です。頂きたいくらいです。むしろ頂いてください兄さん」
「却下」
「に・い・さ・ん? 私の体を好きにしていいんですよ? ね?」
ね、が一オクターブ高く発せられる。
うーん。
病状は深刻だ。
コイという字を分析すれば糸し糸しと言う心……なんて都都逸がある。
昔の純文学でも恋とは心に秘めし物と載っている。
軽々しく恋心を口にするのはいただけないな。
僕がそう言うと、
「私は私のためにしか兄さんを愛せないからこれでいいんです」
ニッコリスマイルで返された。
うーん。
九十六点。
言ってる内容は赤点だけど。
「言ったでしょ? 僕が支えてあげるから一緒に世界を見ようって」
「私と兄さん以外の人間なんて絶滅すればいいんですよ」
さいでっか。
「やれやれ」
ちなみに僕の腕に抱きついて歩いてます……うちの華黒は。
僕もジャケットにシャツにジーパンという無難な出で立ちをしているのだけど、残念なことに顔が全てを裏切っていた。
あくまで華黒によると……ではあるけれど。
何でも美少女二人が親密と呼ぶには深すぎる仲だと衆人環視に邪推されかねない状況に見えるらしい。
あくまで華黒によると……ではあるけれど。
僕としては不本意極まりないどころか侮辱にすら達しているのだけど……それが事実だということも否定はできない。
これもある意味で僕の才能だ。
美少女にしか見えない顔立ち。
そのせいで地獄を見やり……そのおかげで華黒に出会った。
それについては完結しているので今更蒸し返したりはしないけど。
ともあれ僕と華黒は衆人環視には美少女二人組ラブラブカップルという扱いで見られながら……しばしあてもなく百貨繚乱の中を歩く。
「これからどうする?」
「兄さんを独占して歩くだけでも私は十分満足ですよ?」
それはそれはお安く出来ていることで……。
無論本心じゃない。
僕とて華黒と歩くだけで満足ではある。
こんなに可愛い子が僕に好意を寄せてくれているのだ。
男として動じない奴なぞいるまい。
問題は……華黒が僕だけで価値観を完結させている点にある。
僕からのプレゼントなら新聞でも大喜びするだろう。
仮に華黒がモナコの王族の目にとまりダイヤとプラチナの指輪を贈られても、次の日には質屋で換金することだろう。
僕が頭を悩ませているのはその点だ。
華黒は……僕もだけど……愛情定量論者である。
複数の存在に愛を注げば一つ一つに対する愛は希薄なモノになる。
そう信じ疑っていない。
「その全てを兄さんに捧げたい」
華黒は言う。
「何だかなぁ」
僕が言う。
他者に対するは義理とお愛想。
それすらも本来は鬱陶しい。
僕自身人間不信が拭いきれていないので華黒の言いたいことはよくわかる。
僕と華黒は根本的なところで似通っているしソレは当然の帰結だ。
違いがあるとすれば壊れ方の問題だろう。
僕は自分に対して壊れ、華黒は世界に対して壊れた。
華黒の世界には僕しかいなく、僕の世界には僕がいない。
「治療するべきは私よりも兄さんでしょう」
という反論には何も返せるものが無い。
その通りではあるんだけどね。
でも、それでも華黒には僕以外を見てほしい。
我が儘かな?
「我が儘です」
さいですか。
そんなこんなを議論しながら仲睦まじく僕と華黒はモールを練り歩く。
「兄さん兄さん」
なぁに?
「露天商ですよ。冷やかしましょう」
「あいあい」
頷いて露天商に顔を出す。
商人は仲睦まじい兄妹である僕たちを別の何かと勘違いしたらしく戸惑ったような表情をしていた。
鶴亀鶴亀。
結局何も買わず冷やかすだけになったのは申し訳ないとは思ったけど。