『白と黒の誕生日』2
僕と華黒の引っ越し作業は華黒の奮闘によって一日で終わった。
これで僕と華黒は同じ屋根の下で住むことが確定したわけだ。
「はぁ……」
うんざりと溜め息をついて明太パスタをすする僕。
「なんの溜め息でしょう? 夕食……美味しくなかったですか?」
「そんなことないよ? 華黒の料理はいつも美味しい」
「いつでもお嫁に行けるように頑張ってます」
「そっか。式には呼んでね」
「兄さんと! 結婚するんです!」
「ええ~」
「なんですかその嫌そうな声は!」
華黒はバンとテーブルを叩いて抗議する。
「なんで僕が華黒と結婚しなくちゃいけないのさ……」
「私達は互いに運命の相手だからです!」
「巡り会わせが悪かっただけでしょ……」
それが真実だ。
華黒のそれは……、
「インプリンティングだよ……」
「至極真っ当にいいんです! 呪いでも刷り込みでも! それが私と兄さんの絆となるのなら!」
「自縄呪縛だね」
「ええ。私ほど兄さんを愛している女子はいませんよ」
「それは間違ってないけどさ」
……なんと反論したものか。
「では逆に聞きますけど……」
「なにさ?」
「兄さんは私以上に綺麗な女の子を見たことはありますか?」
「…………」
無い。
僕の沈黙は百の文言より雄弁だった。
「でしたら答えは決まっているようなものじゃないでしょうか?」
「…………」
僕はパスタをすする。
「兄さんは私と結婚するべきです」
「普通、こういう場合って兄が妹を可愛がって、妹が兄をうっとうしく思うものじゃないかな?」
「私が兄さんをうっとうしく思うことなんてありませんよ?」
ですよねー。
「我が妹ながら愛が重いなぁ」
「私と兄さんはロマンスの神様に選ばれた世界で最も互いが互いにふさわしいカップルですとも!」
「まぁ確かに華黒は可愛いよ」
「はぅあ!」
「それに綺麗だ」
「はぅあ!」
「家事は出来るし」
「はぅあ!」
「気が利くし」
「はぅあ!」
「声も澄みきっているし」
「はぅあ!」
「プロポーションも申し分ない」
「はぅあ!」
でもだからこそ、
「華黒には僕以外にふさわしい相手がいるんじゃないかって思うんだ……」
「そんなことありません!」
華黒はそう断じる。
「兄さん以外の誰が私の内面を見てくれますか? 兄さん以外の誰が私を理解することができますか?」
「まぁ面がいいから十把一絡げが寄ってくるのはしょうがないじゃん」
「ですからそんな奴らには用はないんです。私には私だけをあの地獄で大事にしてくれた兄さんだけがいればそれでいいんです」
「華黒の気持ちはわかるけど……」
でもさ。
「それでいいわけないじゃないか」
僕には“まだ”その覚悟が無い。
「僕は自分が情けないよ」
「兄さんほど誠実な人間を知りませんが?」
「誠実なら僕は今頃華黒を振り払っているよ……」
「そんな! なんでそうなるんです!?」
「だって……僕は……言葉で何と言おうと……結局のところ華黒の愛情に甘えている」
「…………」
「それはとても心地よくて……」
「…………」
「それはとても甘美で……」
「…………」
「それはとても優遇だ……」
「甘えることの何がいけないんです?」
「華黒をキープしてるんだよ? 華黒は腹を立てないの?」
「気にしませんよそんなこと」
きっぱりと華黒。
「心地よいと言ってくださって感激です」
…………。
「甘美だと言ってくださって感嘆です」
…………。
「優遇だと言ってくださって感動です」
…………。
「ですから兄さんはそんな些末事に罪悪感を持つ必要はないんです。兄さんが自分を責めるのなら私が言ってあげましょう」
何てさ?
「その気持ちは嬉しいものだと」
はあ。
「その気持ちは優しいものだと」
へえ。
「その気持ちは尊いものだと」
ほう。
「だから兄さんが自責する必要なんてありません。当の本人である私が喜べる事柄なのですから」
「さいですか……」
僕はパスタをすする。
「華黒……」
「なんでしょう兄さん」
「大好きだよ」
エイプリルフールだからね。
これぐらいの戯言は許されるだろう?




