『桜咲くホワイトデー』3
「とっぴんぱらりのぷう」
そんなこんなで授業も終わり僕は華黒と帰宅した。
途中今日の夕食の食材を買って荷物を持ちながらの帰宅だ。
アパートにつき、僕らの城の玄関に着いたところで、
「あなたなんかにお兄様は渡さないから!」
「………………真白お兄ちゃんは華黒お姉ちゃんのものだよ」
「そうやって諦めてるあなたにお兄様のお返しを受ける権利はないよ!」
「………………白花ちゃんだって本当は勝てないって思ってるくせに……」
そんな言い争いが聞こえてきた。
見れば白花ちゃんとルシールが一触即発だった。
「白花ちゃん、ルシール、どうしたの?」
そう聞く僕に、
「「っ!」」
二人は絶句した。
「お兄様……!」
「………………真白お兄ちゃん」
「何かケンカしてたみたいだけど……」
「そんなことしてないよ?」
「………………うん。してない……」
「そう? それならいいけど」
と、ここで、
「どういうことです兄さん……?」
怒髪天を衝く有様で底冷えする声を出す華黒。
「何って……チョコのお返しにクッキーを渡したいから僕のアパートまで来てって白花ちゃんとルシールにメールしただけだよ?」
「碓氷さんに酒奉寺昴ばかりか……白坂白花にルシールにまでプレゼントする気ですか!」
「そりゃチョコをもらったから当然でしょ?」
「兄さんが浮気性なのはわかりました!」
「そういうことじゃないよ。言ったろう? 義理だよ義理」
そう言って僕は白花ちゃんとルシールを押しのけて玄関の前に立つと施錠を開放した。
そして言う。
「とりあえず入って……白花ちゃんにルシール。それから華黒、お茶を淹れて?」
「……むぅ」
不満げに呻く華黒。
「この前の華黒のお茶は美味しかったなぁ……また飲みたいんだけど駄目かな?」
「そういうことでしたら腕によりをかけて淹れましょう!」
ある意味単純だな……僕の妹は。
ま、別にいいんだけどね。
そして僕はダイニングテーブルの席についた白花ちゃんとルシールに昨日焼いたクッキーを渡した。
「あはは……こんなもので悪いけど……」
そう言って後頭部を掻く僕に、
「そんなことありません! お兄様もご厚意……確かに受け取りました」
「………………真白お兄ちゃんにプレゼントもらえて嬉しい……」
「そっか。それならよかった」
そう言ってニコッと笑うと、
「あう……」
「………………ふえ」
白花ちゃんとルシールは赤面した。
「兄さん、お茶が入りましたよ」
ブスッとした顔でそう言う華黒。
せっかくのホワイトデーに僕が他の女子を気にかけるのが面白くないらしい。
「気持ちはわかるけど押さえて」
そう目で語る僕。
「兄さんがそうであるならば否やはありませんが」
そう目で語る華黒。
そして僕と華黒と白花ちゃんとルシールはクッキーを食べながら談笑した。
そして華黒の作った明太パスタを食べて、それから白花ちゃんとルシールは帰路についた。
白花ちゃんはリムジンの迎えが来てそれに乗り込もうとして。
「ではお兄様、またお会いできる日を楽しみにしています。それから……」
ニコリと笑って、
「愛してますわ、お兄様」
そう言い残して去っていった。
ついで僕と華黒の父さんが車で現れた。
ルシールの送迎役らしい。
「………………真白お兄ちゃん……」
「なに?」
「………………クッキー……美味しかった」
「そう? なんだったらまた作るよ?」
「………………うん。楽しみにしてる」
そう言って、それからルシールは口をもごもごさせた後、
「………………大好き、真白お兄ちゃん」
ボソッとそう言って父さんの車に乗って去った。
そして僕と一緒にルシールを見送った華黒は、
「やっと二人きりになれましたね」
嬉しそうにそう言った。
「それはそうだけど……」
答えあぐねてそう言う僕の、その携帯電話が『春の喜びに第三楽章』を歌いだした。
華黒をあしらって携帯をとる僕。
『やあやあ百合の花の妖精のように愛らしい君よ』
昴先輩だった。
「お久しぶりです先輩」
《先輩》という言葉に反応した華黒が、
「むう……」
と唸る。
まぁそれは無視。
『うむ。高校も終わって大学の入学に精を出している私にプレゼントとは……気が利くじゃないか』
「まぁチョコのお返しですよ。他意はありません」
『いやいや真白くん。それでも君の愛情は感じ取れたよ。君こそ我が婿にふさわしい』
「あんまりそんなこと言ってると華黒に殺されますよ」
『なに。愛に障害はつきものさ。それでも君と華黒くんを手に入れてみせるという私の意志に揺らぎはないよ。マイプリティラバー……アイラビュー……』
僕の脳内で昴先輩は僕に投げキッスをしたように思えた。
僕は端的に、
「元気そうで何よりです。では……」
そう言って携帯電話の通話を切った。
「酒奉寺昴からでしたか?」
「うん、まぁそうだね」
「統夜さんを通じてあ奴にクッキーを送ったんですね?」
「うん、まぁそうだね」
「兄さんは私以外の人間にもお返しをするんですね?」
「それはしょうがないことだろう?」
「それでも! 私は兄さんに私だけを見てほしいんです!」
「それは無理だよ」
「どうしてです!?」
「僕らは僕らだけでは完結できないから」
「できます! 兄さんさえ望むなら私はその環境を整えてみせます!」
「それじゃ進歩できない」
「進歩する必要なんてありません!」
「もう忘れたの? 僕は華黒に世界を見せるために支えると言ったこと……」
「忘れてはいません! でも……それだと兄さんが世界に……他の女の子に興味を示すのを……私は示されるではありませんか……!」
「辛い?」
「辛いです!」
「そっか……でも僕も辛いんだ。だって華黒が僕に引き籠るなんて……そんなこと許せるはずがないんだ」
そう言う僕に華黒はキスをした。
一秒。
二秒。
三秒。
そして重ねた唇を離す華黒。
「兄さん。兄さんは私だけを見ていればいいんです……」
「そういうわけにもいかないよ……」
「兄さん……!」
「そうだ……華黒。散歩に行かない?」
「え……ええ……?」
華黒はキョトンとしていた。
*
そして僕と華黒は通学路を歩いていた。
そこは街灯が散る桜を映しだす風景だった。
「夜桜ってのも風情があるよね。それに天には北斗七星が輝いてるし」
夜の通学路を歩きながらそう言う僕。
そんな僕の左手には華黒の右手が握られている。
いわゆる恋人つなぎだ。
向かう先は通学路の途中にある公園だ。
染井吉野が咲き誇る公園へと踏み込む。
「公園の明かりが夜桜を照らしていい雰囲気でしょ?」
「はい……。それはもう……」
顔を真っ赤にしながらそう返答する華黒。
緊張してるのかな?
どこか華黒はぎこちない。
「あの……兄さん……」
「なに?」
「私……まだ受け取っていません」
「バレンタインのお返し?」
「……はい」
「もしかして僕が忘れていると思った」
「少しだけ……」
「大丈夫だよ」
そう言って笑って……それから隠し持っていたラッピングされたクッキーを華黒に渡す僕。
「ありがとうございます……」
そう言って受け取る華黒。
そしてプシューと頭から湯気を上らせる。
うん……可愛い可愛い。
「開けてみて」
「今ですか?」
「そう。今」
「わかりました……」
そう言って華黒はラッピングをひも解いて開ける。
そして僕のクッキーに気付く。
「ハートの形ばっかり……」
僕はスペードとハートとクラブとダイヤの形のクッキーを焼いた。
その内ハートの形のクッキーは全て華黒に捧げたのだ。
「あの……もしかしてハートのクッキーは……」
「うん。華黒にだけだね。他の人にはスペードとクラブとダイヤのクッキーをあげたよ。ハートのクッキーは華黒にだけ」
そう言ってウィンクする僕。
「……嬉しいです」
「そう? ならよかった」
「兄さん……」
「なに」
「大好きです」
「僕も華黒が好きだよ」
そう言って僕らは抱きしめあった。
そしてキスをする。
夜桜の舞い散る中で……北斗七星に見おろされながら……僕と華黒は唇を重ねた。
一秒。
二秒。
三秒。
そして唇を離す。
そして華黒が言った。
「幸せです……兄さん……」
ギュッと僕を抱きしめる華黒。
「あっそ……」
僕はそう呟いた。
散る夜桜は……どこまでも趣があった。




