『あけましておめでとうございます』3
次の日。
つまり一月二日。
僕はリビングのコタツに入って駅伝をぼんやりとした心地で見ていた。
ちなみに昨夜はパジャマ姿で一緒に寝たのに、朝起きれば下着姿でいた華黒は僕の不機嫌を直そうと必死に玉露を淹れている最中だ。
「しかしまぁ……」
駅伝選手には感服するね。
「よくもまぁこの寒い季節に薄着でいれるのか……」
走っていればあったまるんだろうけど正気の沙汰とは思えない。
いや、別に駅伝を否定する気はないんだけどね?
テレビはドラマ仕立てに駅伝に出る大学生の努力や根性の一部始終を放送していた。
駅伝が始まるまでまだ時間があるらしい。
と、そこに、
「兄さん、玉露が入りましたよ?」
「…………どうも」
そう言って湯呑みを受け取る僕。
華黒はそわそわしながら、
「あの……どうでしょう……?」
感想を求めた。
「ん……美味しい」
「そですか……! よかったです」
「…………」
僕は玉露を飲みながら駅伝のテレビを見ていた。
華黒がポツリと言う。
「駅伝ですか……」
「そ、駅伝」
「球技と違って映像的に盛り上がらないから私はあまり好きじゃありませんけど」
「まぁ……走ってるだけだからね」
「順番を争うレースならまだ競馬やボートや競輪の方が盛り上がると思いませんか」
「否定はしない」
「えんえん走っているところだけを映されても「なんだかな」といった様子です」
「まぁ正月の名物だとでも思って見なさいよ。僕は好きだな。大和国的な感動があって」
そう言って僕は玉露をすする。
そうやってダラダラと駅伝のオープニングを見ていると、
ピンポーンと、一つ、
玄関ベルが鳴った。
「っ……」
リビングから玄関に続く廊下の方を見る僕。
「私が出ます」
そう言って華黒がコタツから出て玄関へと消えていった。
僕はコタツで安穏としている。
「おかえりなさい、パパ、ママ……」
そんな華黒の声が聞こえてくる。
両親が帰ってきたのだろう。
「やあ、華黒。御留守番、大儀であった」
これは父の声だ。
「二人で実家の御留守番。真白との発展はあったかな?」
「モーションはかけましたけど不機嫌をかってしまいました」
馬鹿父に馬鹿妹の会話に、
「…………」
憮然とする僕。
「華黒ちゃんは本当に真白ちゃんが好きなのね」
これは母の声だ。
ていうか自覚していますか母上。
妹が兄に手を出そうとしている事実を。
父が言う。
「それからこれはお土産だ」
そう示した父に、華黒は、
「まぁ。あけましておめでとうございます」
そう言った。
ん……?
誰か来たのだろうか?
「兄さんならリビングですよ」
「………………はい」
弱々しい雛鳥のような声で返事が聞こえてくる。
ていうかこの声って……。
そんな僕の予想を裏切らないで、
「………………真白お兄ちゃん……」
百墨ルシールが現れた。
「ルシールか……」
「………………はい」
そう言って照れたように金髪を手で梳くルシール。
その身を包むのは振袖と呼ばれる着物だ。
セミロングの髪は髪留めで結ってあり、いつもと違う雰囲気を醸し出している。
総合して異国の大和撫子といった風情だ。
「………………あけましておめでとうごじゃいます」
そう言って振袖姿のルシールが頭を下げる。
ていうか可愛らしい噛みかたしたね、今。
「………………はう」
噛んでしまったことに照れるルシールはとても可愛らしかった。
眼福眼福。
「お父さんの実家に行った折に拾ってきたの。ルシールちゃんも真白ちゃんに会いたいんじゃないかと思って」
「………………あう」
さらに赤くなるルシール。
僕はテレビを見れる側のコタツの真ん中に堂々と座っていたけど、少しだけ横に避けて、空いたスペースをポンポンと叩く。
「ルシール、ここに座れば?」
「………………はい」
おずおずと言った様子で僕の隣に座るルシール。
「兄さん! 何ルシールと仲良く座りあってるんですか! 兄さんの隣は私の席です!」
激昂する華黒の叫びを無視して、
「華黒、五人分のお茶よろしく」
そう言い、ニッコリ笑って言葉を追加する。
「さっきのはとても美味しかったよ」
「はいな。わかりました」
怒りも忘れてスタタタとキッチンへ向かう華黒。
ある意味扱いやすい奴……。
「華黒ちゃん……お母さんも手伝うわ」
そう言って母もキッチンへと消えていく。
必然僕と父とルシールが残った。
ルシールは僕の隣に座っているが、どんどん顔が真っ赤になっていってる。
赤方偏移でもしてるのだろうか?
と、
「てやっ」
と掛け声一つ。
ペシッと輪ゴムが僕の頬に当たった。
「いたっ」
電気信号のような痛みに怯んで、それから輪ゴムの飛んできた方を見ると、父が指鉄砲をしていた。
つまり輪ゴムを飛ばしたのだろう。
「何するのさ。父さん」
「ああん? 華黒だけじゃ飽き足らずルシールにまで手を出す気か貴様」
義理とはいえ息子に貴様って。
そういえばルシールは僕を憎からず思ってくれているんだっけ。
なお珍しいのはそれを華黒がそれを認識していながら、態度が不安定であることだ。
僕とルシールが仲良くすると嫉妬するけど、たまにルシールと一緒になって僕を困らせたりもする。
まぁ華黒自身あまり態度が決定していないのだろう。
ま、いいんだけどさ。
「ルシール」
僕は話題を変えようとルシールに水を向ける。
「………………何……でしょう……?」
「その振袖、可愛いね」
「………………はうあ……!」
心臓を押さえてのけ反るルシール。
「えっと……? ルシール?」
「………………だめ」
「だめ?」
「………………真白お兄ちゃん……褒めちゃ駄目……」
「なんでさ? 本当に可愛いよ?」
「………………あうあうあうあうあうあうあうあう……」
言葉にならない言葉をルシールは垂れ流す。
「髪は誰に結ってもらったの?」
「………………あの、おばさんに」
「母さんか。さすがだね。洋風大和撫子って感じでとてもいい」
「………………あう……」
「化粧もしてないのにここまで整うんだからすごいよねぇ」
「………………化粧をすると……肌が荒れるから……」
「繊細なんだね」
「………………です……」
ルシールが照れて猫背になる。
そこに、
「兄さん、お茶が入りましたよ」
華黒が盆に五人分の湯呑みを乗せて現れた。
その後ろを母がついてくる。
五人そろってコタツを囲み、茶を飲みながら駅伝を見る。
そうしてそろそろ駅伝が始まろうとしたところで、
「そうだ。真白ちゃん。華黒ちゃん。ルシールちゃん」
「なに?」
「なんでしょう、ママ」
「………………?」
「三人で初詣に行ってきたら? 真白ちゃんも華黒ちゃんもまだでしょう?」
「まぁ、まだですけど」
「せっかくルシールちゃんが振袖着てるんだから外に出ないのは嘘ってものでしょう?」
「でもなぁ……ナンパされそうで怖い」
「真白ちゃん……可愛いものね」
そう言ってニッコリ笑う母。
いやぁ……悪意のない攻撃ってあるものなんですね……。
「私は構いませんけど? 兄さんとの新年初デートと思えば至福でさえあります」
「………………私も……行きたい……」
そう言ってとてもとても小さな力で僕の袖をクイと握るルシール。
「……じゃ、いこっか」
華黒とルシールの意見を無下にするわけにもいくまい。