『あけましておめでとうございます』1
正月のエピソードです。
二週間にも至る冬休みも折り返し地点。
僕と華黒はアパートから実家に帰っていた。
実家とは言っても孤児だった僕と華黒にとっては怪しいところだけど。
果たして引き取り先の家を実家と呼んでいいものか。
ともあれ年末に実家に帰って、そして一月一日を迎えた。
朝の九時。
僕と華黒と父と母はリビングのテーブルを囲むように座って、
「「「「あけましておめでとうございます」」」」
そう年始のあいさつをした。
それから父が髭の生えた顎をなぞりながら照れて言った。
「なんだか家族水入らずのはずなのにこういうところは緊張するな」
「こういうことはしっかりとしないとね。じゃあおせちを持ってきましょう。華黒ちゃん、手伝ってもらえる?」
「わかりましたママ」
頷いて立ち上がる華黒。
僕は挙手をする。
「僕に手伝えることがあれば……」
「いいのよ真白ちゃん。男はどっしりと座ってもらえれば。それは補助するのが女の役目よ」
「その通りです兄さん。兄さんはしっかりと座ってもらえていれば私としても安心できるというものです」
「あ、そう……」
そう言って僕は挙げた手をぎこちなく膝へと戻す。
と、
「ようようよう真白……」
興味津々の様子で父が僕に話しかけてきた。
「何です? 父さん……」
「華黒とはどこまでいった?」
「学校までですかね」
「そんなベタなギャグはいらん。どこまでいった?」
「百貨繚乱までですかね」
「ABCで答えよ」
「A」
「キスまでか……。最近の若者はもうちょっと開放的だと聞いたが」
「責任もとれないのに綱渡りはしないよ」
「父さんも母さんも別に止めやしないぞ?」
「そういう問題じゃないですよ」
「一時は華黒抱くために東奔西走したじゃないか」
「いえ、別に抱くつもりであんなことしたわけじゃないんですけど……」
父の言っていることは僕が華黒と本物の兄妹だと誤認した時に父や母や学校に無理を通した時の事だろう。
「まぁ僕と華黒はそんなことしなくてももっと深いところで繋がってますから」
「羨ましいなぁ」
「何がです?」
「華黒に惚れられているって事実がだよ」
僕はズザザッと引いた。
「あの……もしかして父さん?」
「華黒……可愛いよなぁ……」
「うわ……」
絶句する僕。
「父さんは母さんをゲットするためにしつこくアタックをかけたのに……真白は既に愛を手に入れてるんだもんなぁコノヤロウ」
そう言ってグリグリと僕のこめかみにグリグリと拳を擦り付ける父。
「いてて、いてて……」
グリグリされながら僕は父の腕から逃れる。
「母さんがいるからいいじゃないか」
僕がそう反論すると、
「母さんもいいんだが華黒は極上だろう?」
「ロリコン……」
「そういう意味じゃないぞ。あくまで女性として見たら、だ」
「母さん……父さんが……」
そうキッチンにいる母に真実を告げようとするところに、
「馬鹿!」
父が僕の口を塞いだ。
結果、もごもごと呻く僕。
「どうしたの真白ちゃん?」
おせちを持ってきながら母が問うてきた。
「いや、父さんが……」
「だから止めれ」
父が僕の口を止める。
「?」
わからないと首を傾げる母。
「別になんでもないんだ。ただ華黒は可愛いなぁって話していただけだ……母さん」
「そうなの真白ちゃん?」
「概要は間違ってません」
「そう? ならいいけど……」
そう言って母はおせちをリビングのテーブルに並べていく。
華黒もまたそれを手伝っておせちを運び込む。
そうして年始の朝食が始まった。
まずはイカと昆布を塩につけて食べ、お屠蘇を呑んだ。
「うええ……」
ちなみに百墨家のお屠蘇は本物だ。
それは酒というより漢方に近いものだ。
口に苦い味が広がる。
「兄さんはいまだお屠蘇に慣れないんですね」
そう言いながらクイとお屠蘇を呑む華黒。
前段階も終わったところで僕はおせちに手をつけた。
僕は真っ先に黒豆をとった。
「まめまめしく働けるように……」
そう言って黒豆を食べる僕。
「黒豆には無病息災という意味もありますよ」
同じく黒豆を食べる華黒。
次に食べたのは数の子。
「子孫繁栄……」
「やん。兄さんったら……」
照れる華黒に、
「そこ。過剰反応しない」
僕は牽制する。
それから僕は紅白かまぼこを食べる。
「赤と白の縁起のいいかまぼこ。初日の出にも通ずるらしいね」
「伊達巻も美味しいですよ。こちらは教養の発展を願っての事です」
華黒が伊達巻を食べながらそう言う。
決してテストでいい点とは言えない僕は伊達巻に手を出す。
「栗金団は金運を良くするらしいですね」
「マジで!?」
そう言って僕は栗金団に手を出す。
「あ、ほどよく甘くていい味」
「そう? それならよかったわ」
母がそう言ってニッコリ笑う。
おせちは全て母の手作りだ。
褒められて悪い気はしないのだろう。
母はニコニコしていた。
僕はテーブルの中心に置かれた鯛の姿煮をほぐして食べる。
「うん。極上……」
「昆布のダシが効いていていい香りですね」
華黒も僕に追従する。
「あら、ありがとう。真白ちゃん、華黒ちゃん」
母はそう言ってニッコリ笑う。
それから僕らは紅白なますやちょろぎ、昆布巻きに矢羽根蓮根を食べておせちを消化した。
気付けばおせちの八割を消費していた。
「もう無理……御馳走様……」
そう言って僕はゴロンと寝転がった。
華黒と母が立ち上がった。
「じゃあ片付けましょうか華黒ちゃん」
「そうですね、ママ」
そう言ってテキパキとおせちを片付ける華黒と母。
キッチンに消えた華黒と母を見届けた後、僕と父さんは年始のお笑い番組を見ていた。
大して面白く感じはしないものの何かしらの強迫観念に押された形と言っていい。
僕は笑い袋を握った時のような笑い声に耳を貸しながらチビチビと緑茶を飲む。
無論、この緑茶は華黒が用意したものだ。
なんか華黒に依存してばっかりだな、僕……。
ま、いいんだけどさ。
そうやって面白くもない番組を見ながらダラダラ過ごしていると、片付けの終わった華黒と母がリビングに戻ってきた。
それから母が玄関へと向かい、そして年賀状を持ってくる。
それから母は手慣れた様子で僕と華黒と父と母の年賀状を配り分ける。
ちなみに僕に来た年賀状は一通だけ。
酒奉寺昴先輩からだ。
曰く、
『あけましておめでとう真白くん。今年もよろしくゲヘヘ』
と達筆な文字で書かれてあった。
やれやれだ。
対して華黒は五十通以上の年賀状をもらっていた。
それらはおおむね百墨華黒隠密親衛隊からのものだった。
「うわ……」
華黒はドン引きしていた。
「いい加減私の事は諦めてもらいたいのですけど」
そう言って百墨華黒隠密親衛隊とクラスの友達からの年賀状をより分ける華黒。
百墨華黒隠密親衛隊の年賀状は読まずに捨てて、クラスの友達からの手紙だけを読む華黒。
「百墨華黒隠密親衛隊からの手紙は読まなくていいの?」
そう聞く僕に、
「どうせ益体もないことを書かれているだけですよ。読む時間がもったいないです」
「……そこまで言う」
ま、華黒のことだから本当に何とも思っていないんだろうけど。