『トリックオアトリック』2
同じ学校の生徒にじろじろ見つめられながら、華黒をエスコートしながら、そして僕自身がうんざりしながら、僕らは歩く。
「いい加減慣れてもよさそうなものだけど……」
「何がです?」
そう問う華黒に、
「衆人環視というものに」
僕はそう答えた。
「気にしないのが一番ですよ。なんにせよ既に私達は堂々とイチャイチャできる身分なんですから」
「それも困ったなぁ」
針のむしろに辟易する。
と、
「……百墨君……百墨さん……おはようごじゃいます」
少し噛みながら碓氷さんが挨拶してきた。
「おはよう碓氷さん」
「おはようございます碓氷さん」
ひらひらと手を振る僕に近付いて、碓氷さんは、
「……トリックオアトリック?」
「また悪戯一択!?」
「……駄目……かな?」
いやぁ……駄目じゃないんですけど……碓氷さんはハーレムに入れるほどの逸材だし気持ちが揺らいでしまうのは男と生まれた悲しい性なんだけども華黒の不機嫌メーターがノンストップで急上昇中でして。
結論。
「駄目」
「……駄目かぁ」
「トリートならいいよ。はい」
そう言って碓氷さんに飴を渡す僕。
それを大事そうに両手で受け取ると、丁寧に包み紙をほどいて口に入れる碓氷さん。
それから、
「……ありがと」
と言って笑った。
*
そして一限目から四限目までの授業をこなして昼休み。
僕らは教室で昼食をとっていた。
「はい。兄さん、あーん」
卵焼きを箸でつまんで僕の口元へと持ってくる華黒。
「……あーん」
もう何を言っても無駄なのはわかっているので逆らわない僕。
ああ、周りの視線が痛い。
咀嚼。
嚥下。
「兄さん、次は何を食べたいですか?」
「じゃあから揚げ」
「はい、あーん」
「あーん」
咀嚼。
嚥下。
「兄さん、次は何を食べたいですか?」
「それより華黒」
「なんでしょう?」
「目を閉じて」
「そんな……! 兄さん……! こんな教室でなんて……大胆な……でも兄さんがそう仰るのなら……!」
そう言って華黒は頬を赤らめて目を閉じた。
そして華黒にキスをした。
あ、僕じゃなくて昴先輩がね。
ピコピコとはねた癖っ毛の百合百合生徒会長こと酒奉寺昴が目を閉じた華黒にキスをした。
そして、
「御馳走様」
と満足げにそう言う昴先輩。
華黒は目を開けて、呆然とし、それから現実を確認すると、一気に不機嫌になった。
「何故兄さんではなくあなたごときが接吻するのです!」
「それは今日がハロウィンだからね」
「言い訳にもなっていませんよ!」
「トリックオアトリック。悪戯するのも趣向の一つさ」
またそれか。
流行ってるのかな?
「私の唇は兄さん専用です! あなたごときが触れていい代物ではありません!」
「落ち着きたまえ。たかだかキスくらいで動揺すればネンネちゃんだとばれるよ?」
「兄さんの同意さえあればいつでも女になる覚悟は――」
「――はい止めようね華黒そういうこと言うのは」
僕は華黒が致命的なことを言う前に華黒の口を塞いだ。
しばしもごもごとした後、僕が手を離すと、
「兄さんは何とも思われないのですか! 可愛い可愛い可愛い妹が別の人間に唇を奪われたんですよ!?」
「別に? そんなことで僕の華黒への愛情は変わらないからねぇ」
頬杖をついてそう言う僕。
「そ、そうですか……」
顔を真っ赤にしてぷしゅ~と頭から湯気を立ち上らせる華黒。
「なんだいなんだい……見せつけてくれるね」
「そりゃ僕と華黒は相思相愛ですから」
「はわ……兄さん……」
「ではそれに対抗して真白君にもトリックオアトリック……」
そう言って僕のおとがいを持つと昴先輩は僕にキスをしようとして、
「止めなさい」
横合いから華黒に頬をつねられる。
ちなみに華黒のピンチ力はかなりのものだ。
「いてて。いててて。いてててて……」
キスすることも忘れて痛がる昴先輩。
華黒がつねっている指を離すと頬を押さえて昴先輩は膨れる
「いいじゃないか。可愛らしい百合の妖精のような真白君を見れば誰だってキスしたくなるというものさ」
嬉しくない褒め言葉ってあるもんですね。
「兄さんの唇は私のものです! これは絶対に譲れません!」
「ま、今日は華黒君にキスできただけでもいいとしておこう。他の子猫ちゃんたちにも悪戯しなければいけないしね。ではまたね我が背の君達よ。運命があればまた今度……」
そう言って昴先輩は僕らの教室から出ていった。
「……嵐が去った」
思わずそう呟く僕。
華黒はというと、
「兄さん! キスしてください」
「何で!?」
「あの下衆に唇を汚されました。兄さんのキスで癒してください」
「いやでもここ教室だし」
ちなみに昴先輩とのやり取りもクラスメイト達にばっちり見られていたりする。
そろそろ本気で自衛の手段を考えねば。
「兄さん、キスしてください! トリックオアトリック!」
「トリートオアトリート」
そう言いかえして僕は華黒に飴を握らせた。