『七夕祭り』3
「どうぞ、書いていってください」
雪柳学園大学の正門から学内に入ろうとした僕と華黒とルシールに短冊が渡された。
素直に受け取る僕達。
「なんです、これ?」
聞く僕に大学生が説明した。
「そこにある……」
と、十本ほど並んでいる笹竹を指して、
「笹に願い事を書いた短冊をつるしてください。願いがかないますよ」
「ああ、そうですか……」
淡泊に僕。
でもまぁそうか。
七夕って本来笹に願い事を書いた短冊をつるすイベントだったっけ。
「テーブルとペンはあちらにありますので」
そう言って正門の一角を指差す大学生。
そこには野ざらしのテーブルとパイプ椅子が置いてあって、ペンが準備されていた。
幾人かの来訪者が既にテーブルについて短冊に願い事を書いている。
僕達もテーブルについて短冊に願い事を書く。
「お金が欲しいです」
「兄さんと恋仲にしてください」
「真白お兄ちゃんともっと仲良くなれますように」
そう書いた短冊を笹につるす僕達。
それから僕が言う。
「あのね、華黒……」
「なんでしょう?」
「いくらなんでもそんな願いは無しじゃない?」
「私の真摯な願いです」
ああ、そうですか。
「織姫様と彦星様に私達の願いが届くといいですね」
そう言ってニッコリと笑う華黒。
「できれば華黒の願いを聞きとげないことをば祈らん」
「なんでです!?」
「いや、だって、ねえ?」
そう言ってチラリとルシールの方を見る。
ルシールは僕を見て真っ赤になって俯いた。
「ルシールの願いならすぐにでも叶えてあげるよ。はい、ルシール……」
そう言って僕は左手をルシールに差し出す。
「………………あう」
と呻いて、それから僕の手をとるルシール。
僕はルシールの手を掴むとグイと引き寄せて抱きしめた。
それから、
「可愛い、可愛い」
とルシールの頭を撫でた。
「………………あう」
抱きしめた僕からはよく見えないけど、きっとルシールは真っ赤になっているのだろう。
それくらいは僕にもわかった。
「なんで私にはそっけなくてルシールには優しいんです!?」
「だって従姉妹だも~ん」
「私だって義妹です!」
そう言って僕に抱きつく華黒。
「ええい、離せぃ!」
「ルシールを離したら考えます!」
「しょうがない。ルシール、もっと仲良くなるのはまた今度ということで」
「………………うん」
どこか躊躇いがちにそう言って頷くとルシールは僕から離れた。
それから僕は華黒に言う。
「ほら、ルシールは離れたよ? 華黒も離れる」
「私は考えると言いました。絶対離れるとは申してません」
詐欺の理論じゃないか。
*
「はい♪ 兄さ~ん。あーん」
「あーん」
僕にしては珍しく、あっさりと口を開いて華黒の突き出したたこ焼きを頬張る。
「熱くありませんか? 兄さん……」
「ん。ちょうどいい」
「………………真白お兄ちゃん……あーん……」
「あーん」
今度はルシールだ。
僕に突きだしたのはイカ焼き。
その一部を僕は食べる。
周囲の人間からは羨望の視線がズキズキと刺さる刺さる。
とはいえとある事情によって右手が使えない僕は華黒やルシールに頼るほかない。
もうすぐ縫合処置が終わるとはいえまだ様子見の段階だ。
そんなわけで僕は今現在学業から私生活にいたるまで華黒に甘えている最中だ。
さすがに風呂くらいは一人で入るけどね。
「しかし……」
僕は夜空を見上げる。
「晴れたね」
「はい。いい天気です。ベガとアルタイルがよく見えます」
「………………でも……七月七日は雨の日も多いって聞くよ……?」
「催涙雨だね」
「………………さいるいう?」
首を傾げるルシールに僕は答える。
「七夕の雨は織姫と彦星が流す涙だって言われているんだよ」
「………………はう……ロマンチック」
「まぁ元々が一年に一回しか会えない夫婦だからね。ところで、そのイカ焼き食べないの?」
「(………………あう……間接キス……)」
ボソリと何かを呟いたルシール。
何を言ったのか聞こうとしたときに、
「あの、そこのお三方!」
と、声がかかった。
僕と華黒とルシールが声をかけられた方を向く。
そこには雪柳学園の大学生……それも祭の関係者だろうハッピを着た学生が近づいてきた。
彼らはまっすぐこっちに向かってくる。
どうやら声をかけられたのは僕ららしいことに気付いて、僕は少し嘆息する。
「ああ、君達だ。可愛いね」
「あの、ナンパならお断りしますけど」
「ああ、違う違う。もうすぐ手芸部主催によるファッションショーがあるんだけどモデルが不都合でいなくなって困ってるんだ。よかったら君達参加してみない?」
「私達がですか?」
首を傾げる華黒。
ルシールも目をパチクリさせていた。
「そう。大和撫子とボーイッシュとロリータ系がちょうどいないんだ。君達にお願いするしかないんだよ」
「…………」
沈黙する僕。
ちょっと待てと。
大和撫子が華黒で、ロリータ系がルシールだとすると、もしかしなくてもボーイッシュってのは僕のことか?
「いいですよ」
あっさりとそう言う華黒。
「そうかい!? ありがとう! いやぁ助かった!」
ハッピを着た大学生達は喜んだ。
「ちょっと華黒! どういうつもり!」
「いいじゃないですか。誰かのお役にたてるなら」
「本音は?」
「兄さんの手芸服姿が見てみたいんです」
……なにをかいわんや。
「じゃあとりあえずショーの裏側までお願いできる?」
「はいな」
そう言って意気揚々とついていく華黒。
「………………真白お兄ちゃん……私……可愛い……?」
「ルシールはたしかにとびっきり可愛いよ」
なるほど華黒が僕の手芸服姿を見たいって気持ちがなんとなくわかった。
「ルシールの手芸服姿を僕は見てみたいな」
「………………あう」
ルシールは顔を朱に染めた。




