『ゴールドエクスペリエンス』2
本当に朝の状態のままで僕と華黒は車に乗せられた。そのままキャンプ場までツーリング。
山の海キャンプ場。
かすれたペンキでそう書かれた看板の、それがキャンプ場の名前らしい。すぐ隣には林、反対側には釣堀と公園があった。
ちなみに時間は夕方の五時。長い道のりだった。
「それじゃ男組はキャンプの準備をするぞ。女組は夕食の準備をお願いする」
そういう鶴ならぬ父の一声で役割分担は決まった。
ポールをセットしてスリーブに通す。インターテントの上にアウターテントを重ねてペグで固定する。そんな感じで二張のテントを父とともに張る。
そうしている内に女組はバーベキューの準備をしていた。用具は重いので男組があらかじめ準備していた。後は材料を切り、炭に火をつけるだけだ。母と華黒は手際よく材料をそろえる。そこから少し遅い足取りでバーベキューの準備を進めるルシール。
全ての準備が整った時には太陽が赤く染まっていた。夕焼けだ。
パタパタと一生懸命うちわを仰いで火を起こすルシールの隣に立つ。
「代わろうか?」
「………………ふぇ!? 真白お兄ちゃん!?」
どうやら近づいたのに気付いてなかったらしい。ルシールはうちわで顔の下半分を隠しながら後ずさった。顔は真っ赤だ。どこまでも照れ屋らしい。
「ほら、うちわ貸して」
そう言って右手を差し出す。
「………………は……はい」
そう言ってうちわを差し出すルシール。
僕はうちわを受け取るとパタパタと炭を扇いで火を強くする。
そんな僕の隣におずおずと立って、
「………………ありがとう。真白お兄ちゃん……」
そんなことをルシールは言う。
僕は困ったように「ハハ」と笑った。
「こんな体力仕事は僕か華黒にでも押し付ければいいよ」
「………………でも……華黒お姉ちゃんは私より包丁使うの上手だし……私……こんなことくらいしかできない……から……」
「あんまり華黒と自分を比べない方がいいよ。僕も散々華黒に対してコンプレックス感じてるから言えるんだけどね」
パタパタとうちわを扇ぐ。
「………………華黒お姉ちゃんは……何でもできるもんね」
「器用だからね。あいつは。僕達と違って」
「………………羨ましいな……華黒お姉ちゃん……」
「あんまり上を見すぎない方がいいよ。思いつめてもいいことなんか何もないからね」
「………………でも……羨ましいな……」
そう言って背の低いルシールは僕の方を向くと、僕がルシールの方を向いていたのに気付いて、目が合って、それから真っ赤になって目を逸らした。
「もしかして……っていうほど唐突じゃなくて実は結構前から思ってたんだけど……もしかしてルシール……僕のこと苦手?」
「………………ん……んんっ!」
ぶんぶんと首を横に振るルシール。
「そう? そうならいいんだけど……」
パタパタとうちわを扇ぐ。
と、
「兄さん!」
後ろから華黒が抱きついてきた。
「華黒。ベタベタしない」
「私、夕食の準備終えましたよ。褒めてください」
「はい、よくできました」
華黒の抱擁から脱すると、僕は華黒の頭をよしよしと撫でた。
「えへへぇ……」
と照れ笑いする華黒はとても可愛かったけどそれは言わないでおいた。
それから華黒はルシールに近づくと何やらゴニョゴニョと耳打ちした。
何を言われたのかボンと顔を真っ赤にして首を精一杯横に振りだすルシール。
そんなルシールの背中を押して、華黒が言う。
「ルシールもいっぱい手伝ってくれたんですよ。褒めてあげてください」
「……はい、よくできました」
そう言って頭を撫でた。
ルシールは真っ赤になってプシューと湯気をふきだした。
それから走って僕から逃げ出した。
「…………」
もはや何も言えない僕。
ギギギと華黒の方を見て言う
「華黒のせいで嫌われちゃったじゃないか……」
「いやー、あれは嫌ってるわけじゃないですよ?」
「なんでそう言えるの?」
「言うなれば乙女同士のシンパシーですね」
何を言ってるんだ、この妹は。
*
さて、夕食も食べ終わり、設営されていた簡易の温泉にも入り、今日は寝るばかりとなった。
「じゃ父さんらはこっちだから」
「おやすみ~。真白ちゃん。華黒ちゃん。ルシールちゃん」
そう言って小さい方のテントに入っていく両親。
僕と華黒とルシールは大きい方のテントへと入っていった。
シュラフが三つ敷かれている。
「それでは兄さんが中心ですね」
「何で!?」
「だってその方が都合がいいですもの……。ねぇ、ルシール?」
そんな華黒の言葉に、
「………………っ!」
顔を真っ赤にしてうろたえるルシール。
「ほら、ルシールも僕の隣は嫌だって……」
「………………そんなこと……ない」
「だ、そうですよ兄さん?」
「そうなの?」
「………………はい」
「そう。ならいいけど……」
若干納得いかないものを感じながらも僕は三つ川の字に並べられているシュラフの中央に入る。
右に華黒。左にルシールだ。
左のルシールは僕に続いて素直にシュラフに入ったけど、華黒はといえば、僕がシュラフに入ってジッパーを閉めると、
「ふふふ、かかりましたね兄さん」
そう言って僕のマウントポジションを取った。
「何するの華黒」
「おやすみのチューをします」
「ギャー!」
華黒の顔を抑えようにも両手ともシュラフに入ったままだ。取り出すのには時間がかかる。しょうがない。次善策で横に転がろうとし、マウントポジションをとられていることに気付く。しょうがなく《発症》して華黒のキスを頭を振って躱す、躱す、躱す。その隙にシュラフから両手を出して華黒の頭を捕える。
「な・ん・で・キスしてくれないんですかぁ!」
「自分の胸に聞けー!」
「いいじゃないですか……。兄さんのケチ!」
「ケチで結構メリケン粉。妹とキスするくらいならルシールとキスするよ」
「………………へ?」
「あ!」
しまった。勢いに乗って余計なことを言ってしまった。
「………………あわ、あわわ」
あからさまに狼狽するルシール。
「いや、これは冗談というか! ルシールも気にしないでもらえると助かります!」
そう言ってルシールに謝罪する。
華黒が憤慨した。
「なんで私じゃなくてルシールなんですか!」
「兄妹は結婚できないけど従姉妹なら結婚できるもんね!」
「私達は義理の兄妹だから結婚可能です!」
「妹に手を出す奴があるか!」
そんな風にあーだこーだと言いあってる内に夜もふけていった。
ちなみにルシールは顔を真っ赤にしたままだった。




