『雪の日のバレンタイン』3
一時間目が終わり小休止に入る。
僕は白花ちゃんにもらったチョコを食べていた。
ハート型に星形に、何やら面妖な動物を象った形まである。
けれど全てチョコではあった。
おそらく溶かして型に詰めたものなのだろう。
「なんか手作りの愛情を感じるな」
統夜はそう言った。
「こんなもん作ってくれる女子と知り合いなのか、お前」
「知り合いっていうか……いとこ、だけどね」
手作り感は丸出しだったけどチョコとしてはおいしかった。まる。
二時間目が終わり小休止に入る。
僕は碓氷さんにもらったチョコクッキーを食べていた。
薄い円柱型のチョコクッキーだ。
食べるとチョコの風味と焼き菓子特有の香りがはじける。
となりでチョコクッキーを食いながら統夜が聞く。
「これ、誰にもらったんだ?」
「碓氷さん……碓氷幸さん」
「なんで碓氷さんなんだ?」
「さぁ? 僕にもわかんないよ。昴先輩のをつくった余りらしいよ」
「あ、そっか。ハーレムに入ってるもんな、碓氷さん。でもなんでそのおこぼれがお前になるんだ」
「だから知らないって」
いい風味でした。まる。
三時間目が終わり小休止に入る。
僕は昴先輩にもらったチョコを食べていた。
チョコはトリュフだった。
「これは……」
「うまいな……」
僕と統夜は絶句した。
「ちなみにこれは誰からだ」
「君のお姉さん」
「はあ!? 姉貴!?」
「うん」
「俺はもらってねえぞ」
「僕、先輩に好かれてるからね」
「それは知ってるが……まさか……」
「そのまさかさ。それにしても美味しいね、これ」
「多分どっかのブランドもんだろうな」
「うへえ」
僕は言葉を失った。
美味しゅうございました。まる。
四時間目が終わり昼休みに入る。
僕と華黒は学食で昼食をとっていた。
僕がラーメン。華黒は焼き魚定食。
「…………」
「…………」
会話はない。
むすっとした表情のまま食事をする華黒。
気にしない僕。
四限目が終わってから学食までこっちまともな会話も成り立たない。
それでも習慣的に学食で一緒に食事をするのだからパブロフの犬は侮りがたい。
「…………」
「…………」
さて、どうしたものか。
華黒の不機嫌の理由は十分に察せられる。
他人のチョコを平然と受け取る僕に不満があるんだろう。
幼稚といえばその通りだけど、華黒にとってはまだ世界の全ては僕で、僕の全てが華黒でないことを受け止められないのだろう。
僕らはそういう風に作られたから。
無言でラーメンをすすってた僕に、華黒が言った。
「……兄さんはおモテになるんですね」
「表?」
「女性に人気があるんですね」
「人気……ねぇ」
クラス、いや学年、いや学校中からメンヘラと言われている僕としては実感のわかない言葉だ……。
だれもが僕の手首の傷を見て……引く。
それが即ち僕の評価だ。
「僕が学校中から引かれているのは華黒も周知の事実だろう?」
「それでもチョコレートを三つももらえば勲章モノじゃないですか?」
「ホワイトデーに同じことを僕が言えば満足かい?」
「…………」
「…………」
またしても沈黙。
流れに乗って余計なことを言ってしまった。
はぁ、しょうがない。
こういう言い方はずるいと思うけど……。
「なんだかな。僕が華黒以外のチョコを捨ててしまうような男だったらよかったのかい?」
「……っ!」
「僕の世界には華黒だけがいて、華黒の世界には僕だけがいる。それでいいと?」
「…………」
「前にも言ったよね。僕は華黒に世界を見てほしいんだ。そのために支えると言った言葉は嘘じゃないよ。だから華黒にも考えてほしいんだ。この世界と向き合う方法を」
「だって……兄さんは……他の女と仲睦まじく……」
「チョコもらったくらいで大げさだって。僕はいつでも華黒にベタ惚れだよ」
「本当ですか?」
「嘘でも本当っていうよ。この場合」
「ふふ……兄さんの馬鹿……」
苦笑に限りなく近い含み笑いを華黒はする。
「だいたいさ。チョコなんかで大騒ぎしすぎなんだよ。トートロジーになるけどチョコはチョコだろう?」
「でもそこに込められた想いは本物です」
「でもそれを受け入れるかは僕次第だ。まさか僕まで信じられないなんて言う気?」
「そうではありませんが……」
「ならいいじゃん」
「では……」
と、そこで華黒は学食に持ち込んだバッグから何かを取り出した。
「たかだか私のチョコも受け入れてくださらないのですか?」
それはチョコ味のパウンドケーキだった。
昨日のうちに焼いたのだろう。
「いやいや、華黒のモノなら何であろうと受け止めるよ。僕らは両想いだろう?」
「では……」
と、華黒は割り箸でパウンドケーキを切り分けると、その一片を僕の口元に寄せた。
「あーん」
「華黒、周りが見てる。すごく見てる」
周囲の視線はまるで剣山刀樹の如く。
「あーん」
ぐいとパウンドケーキの一片を押し付ける華黒。
僕は諦めて、
「あ、あーん」
口を開いて華黒のチョコを受けいれた。
「美味しいですか、兄さん」
「うん、美味しいよ、華黒」
「他のもらったチョコと比べてどうですか?」
「比べる必要もないものだよ」
窓の外に降る雪の結晶同志を比べることと同じくらい、それは無意味なことだ。
でも、そうだね。あえて言うのなら、
「華黒のが一番だよ」
僕はそう白状した。
玉虫色の回答なのはご愛嬌。