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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
50/298

『後の祭り』4


 華黒と二人そろって通学路の途中にあるスーパーへ寄る。


 組んだ腕は今はほどいてある。


 買い物かごをどちらかが持たなきゃいけないためだ。


 僕は率先してかごを持つと華黒に聞いた。


「今日の晩御飯はどうする? 僕が作ろうか?」


「いいえ。私が作ります。何が食べたいですか?」


「特には思いつかないや」


「そですか。それではある程度食材を見て回りましょうか」


 そう言って華黒は、僕の持ったかごの取っ手を持った。二人でかごを持って支える格好だ。


「こうしてるとなんだかおしどり夫婦みたいですね」


「おしどりの生態は一夫多妻だけどね」


「もうっ。水を差さないでくださいな」


「はいはい」


 それでも拒否しないあたり僕も弱いけど。


「でもさ、一緒にお買いものなら付き合う前からしてるじゃん」


「わかってませんね兄さん。兄妹と恋人では全然違うんです」


「違う……かなぁ」


「そういうところは唐変木なんですから」


 そこまで言う……。


「あ、今日はタラとエビが安いですね。ブイヤベースでもしますか?」


 タラとエビのパックを持って華黒。


 僕もうなずいた。


「いいね。さすが華黒」


「とするとホタテとムール貝が必要ですね」


「イカもね」


 ひょいひょいと魚介類のパックを入れていく華黒。


 華黒はかごを離して、


「私、トマトの缶詰をとってきますね」


 そう言って軽やかに走り去った。


「いってらっしゃーい」


 てきとうに見送ってしばし。


 魚介コーナーの隣、精肉コーナーに見知った顔を見つける。


 碓氷さんだ。


 近寄って声をかけてみる。


「碓氷さん」


「あ……百墨くん……」


「奇遇だね。碓氷さんも買い物?」


「うん……。百墨くんも?」


「そう」


「そっか……」


 碓氷さんは鶏のもも肉のパックを買い物かごに入れているところだった。


「今日の碓氷さんの家は鶏肉なんだ」


「うん……から揚げ……」


「へ~え。ちなみにうちはブイヤベースだよ」


「ブイヤベース……?」


「魚介スープのこと」


「百墨くんが作るの?」


「ううん。作るのは華黒だね。僕は手伝うだけ」


「百墨さん……料理もできるんだ」


「あれで器用だからね」


「なんだか百墨くん……百墨さんのことになると誇らしげ……」


「そう? そうかな?」


「この前、シスコンじゃないって言ってたのに……」


「あ、あはは」


 言葉もない……。


「ちょっとうらやましいな……」


「え、何が?」


「なんでもない……」


 ついと碓氷さんは僕から視線を逸らした。


 どこか遠くを見ているような表情で碓氷さんが問う。


「ねえ、百墨くん……」


「なに?」


「最近……お昼には百墨さんのお弁当を食べてるよね……」


「まぁ……ね」


「もしも私がお弁当を作ってきたら……食べてくれるかな……?」


「え?」


 それはどういう意味か、と問うより先に、


「私が食べさせません」


 第三者が口を挟んだ。


 トマトの缶詰をもった華黒がいつの間にか帰ってきてた。


「華黒、早かったね」


「ええ、嫌な予感がしたもので」


 僕の持った買い物かごにトマトの缶詰を入れる華黒。それから華黒はキッと碓氷さんを睨みつけた。


「碓氷さん? 私の私の私の兄さんに粉を掛けるのは止めてほしいのですけど?」


「別に……そんなつもりじゃ……」


「全く無いと言い切れますか?」


「あ……う……」


 碓氷さんは言葉に詰まってうつむいてしまった。


「華黒。言い過ぎ」


「しかし兄さんっ!」


「そんなつもりじゃないって碓氷さんも言ってるじゃないか。誰彼噛みつくんじゃありません」


「ですけど……」


「わ・か・る・ね?」


「うー……」


 不満げに唸る華黒。


 僕は碓氷さんに謝罪する。


「ごめんね碓氷さん。華黒にも悪気はないんだ。許してくれると嬉しいな」


「ううん……気にしてないから……」


 ……うつむきながら言われても。


「ほら、兄さん! もう行きましょう!」


「ああ、うん。それじゃ碓氷さん、またね」


「うん……また……」


 ひらひらと手を振る碓氷さんに手を振りかえして僕はその場を去った。




    *




「華黒、さっきの態度はいただけないよ」


 エビの殻をむいて背わたをとりながら僕はこんこんと華黒に説教をする。


「うー……ですけど……」


 華黒は不満げだ。


「仮にもクラスメイトに噛みつくなんて。和を乱してどうするのさ」


「ですけど……」


「碓氷さんは数少ない僕の話し相手なんだから。僕の人間関係まで悪化させるなら華黒との関係も見直す必要が出てくるよ」


「そ、それはダメです!」


「だったらもう少し抑えて」


「うー」


 華黒はどこまでも不満げだ。


「それに僕は華黒一筋だから浮気の心配なんていらないよ」


「それは真実ですか?」


「なんなら月に誓おうか?」


「いけません。兄さんの愛もあの月の形のように移ろうのですか?」


「……シェイクスピア万歳」


「私たちの恋は悲劇ではありませんし」


 むきおわったエビを華黒に渡す。


 さっそくブイヤベースを作り始める華黒。


「しかし何を持って真実の愛を誓えるのか。これは永遠の命題だね」


「言葉だけでは不満です」


「知ってる。でも突き詰めると高級な指輪を買い与えようと、あるいは抱いてしまっても、それが恒久になりえるとは限らないじゃないか」


「それは……そうですけど」


「まぁ結局日頃の積み重ねなんだろうけどさ」


「毎日イチャイチャしましょうね♪」


「あまりやりすぎると生徒指導室に呼ばれるから。控えめにね」


「兄さんが誰のものなのか。世界中の人に知らしめてあげます」


「だから何でそう過激になるかな、華黒は」


「兄さんは兄さんを知らないからそんなことが言えるんです」


 そうなんだろうけどさ……。


「ほどほどに愛してね。長続きする恋はそういう恋だよ」


「いいええ。これまでも、これからも、私は兄さんを全身全霊で愛することを誓いますよ」


「何に誓うの?」


「無論、私たちの過去に」


 さいで。




    *




 二人で夕食を食べて、交互に風呂に入り、宿題を終わらせて、あとは寝るばかりとなった。


 牛乳を飲みながら自分の部屋のドアを開けると、勝負下着姿の華黒がベッドインしていた。


「ブーッ! ゲホ! ゲホ!」


 思わず咳き込む。


「かぐ、華黒!」


「はいな、兄さん。なんでしょう?」


「パジャマを着て!」


「まだ残暑のつらいこの季節にそんな暑いもの着てはいられません」


「じゃあ自分の部屋で寝て」


「嫌ですよ。せっかく恋人同士なんですから一緒のベッドで寝ましょう」


「だったらパジャマを着て!」


「無限ループって怖くありません?」


「僕に華黒と下着姿で寝ろと」


「はあ、まあそういうことで」


「扇情的なのは却下。せめて普通の下着にしてよ」


「それでは兄さんを誘えないじゃないですか!」


「誘わなくていいの!」


「兄さんも狼に変わりますか?」


「断じて変わりません」


「つまんないつまんないつまんないのー」


「つまってもつまんなくてもいいからパジャマを着なさい。じゃないと一緒に寝てあげない。いつも言ってるでしょ」


「……はーい」


 しぶしぶといった様子で華黒はくまさんパジャマを身に纏った。


 僕と華黒、二人そろってベッドに入る。


 どちらからともなくキスをする。


 一回。


 二回。


 三回。


 キスし終わって、満足げに華黒が笑う。


「兄さん、おやすみなさい」


「華黒、おやすみ」


 リモコン式のスイッチで照明を落とした。


 明日もいい日でありますように。


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