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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
46/298

『そして文化祭』4


「で、話を最初に戻すけど、華黒が僕にしか心を開かないのはこういう背景があるからなんだ。でも僕はそれをよしとはしていない。華黒には僕だけじゃなく世界と向き合ってほしい。だから僕は華黒を抱くわけにはいかないんだ」


「……そっか。ということらしいぜ華黒ちゃん……」


 統夜は携帯電話にそう呟いて、統夜自身の携帯電話をこっちへと投げ渡す。


 投げ渡された携帯電話は通話中だった。


 発信元、百墨華黒。


 オーノー……。


「もしかして華黒……僕と統夜の会話を聞いてた?」


『はい、聞いていましたよ兄さん』


 電話の向こうでほがらかに華黒は答えた。


 グラウンドを見てください、と言う華黒に従ってグラウンドを見下ろすと、掲揚台に華黒の姿が。その隣にいるのは……昴……先輩……か?


 そして華黒が聞いてくる。


『兄さんは私のこと、好きじゃないのですか?』


「好きだよ。でも……」


『では他に何の資格がいるのです?』


「…………」


『兄さんが私を好きで、私が兄さんを好きで、他にどんな資格がいるのです?』


「言っただろ? 僕は華黒に……」


『他の世界を見てほしい、ですか? そうやって過去と私を言い訳にしているのは兄さんの方じゃないですか』


「っ……!」


『いつだってそう。あの時のことを言い訳に、兄さんは私を引き離します。もうそんなの……過去のことなのに』


「だって、でも……」


『兄さん、今の私を見てください。今の私は、兄さんの目にはどう映っていますか?』


「それは…………」


 濡れ羽色の髪。


 宝石のような瞳。


 花びらのような唇。


 白磁器の肌。


 言葉にすればきりがないほどに。


『……良かったです。答えを躊躇っているってことは、憎からず思ってくれているのですね』


「…………」


『ですから……私が背中を押してあげます』


 そう告げて、華黒は携帯電話を切った。


 僕が統夜に携帯電話を返すと同時にそれは起こった。



 

 ピンポンパンポーン。



 

 校内放送だ。


『天気晴朗なれども波高し! 夜でもないのにコンバンワ! 世界中の美少女の味方MCスバルでござぁい!』


 これは昴先輩の声だ。掲揚台をよく見ると、昴先輩がマイクを持っていた。


『これより、チキチキ校内鬼ごっこ大会を開催する!』


 いきなり何を言い出すんだ、あの人は。


『ルールは簡単! 現在屋上にいる百墨真白を捕まえることだ。成功者には百墨華黒と交際する権利が与えられる。制限時間は百墨真白が百墨華黒にキスするまで』


 ……はい?


『では、この大会の主催者の御言葉を、どうぞ』


 そう言って華黒にマイクを渡す昴先輩。


 華黒はマイクを持って叫んだ。


『兄さんの憂いなんて……知ったことですかぁーっ!』


 華黒が、おそらくは僕に向かってビシィっと中指をおっ立てた。


『私の恋人になってください!!』


 校内放送でだだ漏れにも関わらず、そう叫んだ華黒。


 そしてマイクは昴先輩に。


『御言葉ありがとうございます。それではスタート!』


 え!? は!? いやいや!


 見ると、統夜が肩を震わせて笑いをこらえていた。


「あの、統夜……もしかして華黒が文化祭で企んでいたことって……」


「そ。この鬼ごっこのこと」


 語尾にハートマークが付きそうな喜色の声で答える統夜。


「なんでこんな馬鹿なこと……」


「お前を追い詰めるためだろ」


 平然と言う。


「で、お前はどうするんだ? 華黒ちゃんにキスするのか。それとも他の誰かに捕まって華黒ちゃんと交際させるのか」



 

 ですから……私が背中を押してあげます。



 

 そういうことか。


「ふ、ふふ、ははははは……」


 おかしくって僕は笑う。


「あはははは、あはははははは……」


 とめどない笑いの衝動に肩を震わせていると、屋上のドアから怒濤のように男子生徒数十名がなだれ込んできた。


「「「いたぞーっ!!!」」」


「「「捕まえろーっ!!!」」」


 残念。


 捕まるわけにはいかない。


 僕はフェンスに手をかけると、ガシャガシャと音を立てててっぺんまでのぼる。


 フェンスの下には……どころか屋上には男子生徒でいっぱいだ。


 よほど僕を捕まえたいと見える。


 まぁ華黒と交際できるとなれば目の色を変えて当然か。


「あははははははは、はははは……」


 いい風が吹いてる。


 僕はその風に身を任せて、フェンスから飛び降りた。もちろん、屋上とは反対側の、グラウンドの方へと。


 喚声が上がる。


 けれど僕とて自殺のために飛び降りたわけじゃない。


 視覚が、赤いフィルターを被せたかのように真っ赤になる。


 聴覚が、雑音を静寂へ書き換えたかのように静かになる。


 感覚が、世界から切り離されたかのような浮遊感に満ちる。


 発症だ。


 落ちながら僕は四階のベランダのフェンスを掴んで落下速度を落とす。


 同じように三階、二階、一階のベランダのフェンスを掴んで減速して、無事地面に着地した。


 掲揚台まで約五百メートルといったところか。


 一歩でトップスピードに乗る。


 僕を捕まえようとする有象無象をすりぬけて僕は華黒のもとへ走る。


「ふははは。我こそはアメフト部期待のエース山本重雄! このタックル、止められるものなら……」


「邪魔」


 端的にそれだけを言って、道をふさいだ男子学生の鳩尾に全力で拳を埋め込み、また走る。


 華黒まで、


 三歩、


 二歩、


 一歩、


「華黒!」


「……兄さん」


 期待と不安をないまぜた表情で華黒が僕を見つめ返す。


 そんな華黒のおとがいを持った僕は、


「大好き!」


 そう言ってキスをした。


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