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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
45/298

『そして文化祭』3


「さて、どこから話そうか……」


 なんて思案しながら、僕は屋上からフェンス越しにグラウンドを見下ろす。


 グラウンドには、教室を使えないサークルの学生たちが、イベントテントを設置して店を開いていた。


 ミルクティーを一口。


 甘い。


「結論から言っておくと、僕と華黒は義理の兄妹なんだ」


「……それは、知ってる」


 冷静さの中に少しの躊躇を交えながら呟く統夜。


「さっき教室で統夜も会っただろ? 僕の父さんと母さんに」


「ああ、会ったな」


「あれ、僕の本当の両親じゃないんだ」


「…………」


「僕は孤児院の出だからね」


 そう言ってミルクティーを一口。


 甘い。


「幼少時は色々な意味で底辺な暮らしをしていたよ。まぁ寂れた孤児院だったからしょうがないけど」


 そう言ってミルクティーを一口。


 甘い。


「でもそんな僕の里親になってくれる人がでてきてね。まぁ僕にしても孤児院にしても万々歳……だったんだ」


「…………」


「そしてね、孤児院から離れて引き抜かれた先が……」


「百墨家ってわけか」


「違うんだよ統夜。僕を引き抜いたのは玄冬くろふゆ家。玄冬巌くろふゆいわおっていう男だったんだ……」


「玄冬……」


「そう。そして僕は華黒に出会った」


「百墨家じゃなくて玄冬家でか?」


「そうだよ。華黒の本名は玄冬華黒。玄冬巌の一人娘だった」


「だった?」


「過去形なのは……まぁいいや、後で話そう。そうして僕ははれて玄冬真白になったわけだけど、はいめでたしめでたし……ってわけにはいかなかった……」


「…………」


「玄冬巌が僕を引き取ったのは慈善事業なんかじゃなかったんだ」


「…………」


 統夜は神妙な表情でコーヒーを飲む。


 僕も倣ってミルクティーを一口。


 甘い。



 

「玄冬巌はね、僕を暴行するためだけに引き取ったんだ」



 

「暴行……って……どっちの……?」


 聞く統夜に、僕は苦笑する。


「統夜が想像している方で合ってるよ、多分」


 ミルクティーを一口。


 甘い。


「ほら、僕って男のくせに線が細いし女顔だろ? その道の人たちに需要があったんだ」


「…………」


「肉の焦げる匂いを知ってるかい? 骨のきしむ痛みは? 鼓膜の破れる音は? 口いっぱいの血の味は? 異物を体内に押し込められる感覚は?」


「…………」


「僕と華黒は知っている。そうしないと生きていけない環境にいたんだ。いや、子供はもっと愚かだね。そう……言うなれば、そうすることが当然だと馬鹿な確信をしていたんだ」


「…………」


「華黒なんかその典型だよ。自分が不条理な環境にいることをわかっていながら何故不条理なのかはわかっていなかったんだ。何をしても父親に暴行される。でも何もしなくても父親に暴行されるんだから。そりゃ幼い子供には何が正しいのかなんてわからないさ。泣きたくても泣けなかったんだ。泣いたらまた父親に暴行されるから。でも泣かなくても暴行される。そりゃ涙だって枯れるさ」


 ミルクティーを一口。


 甘い。


「それはそれは色々させられたよ。打たれ、切られ……そんな単純な被害はまだマシな方さ。女装して媚をうったり、犬の真似をしたり、僕が誰の所有物なのか徹底的に体に刻まれたこともあるし、その証明として特殊な恥をかいたことも多々ある」


「…………」


「そのうち僕の脳はストレスの負荷がかかりすぎておかしくなっちゃったんだ。血を見ないようにするために視界は赤くなり、悲鳴を聞こえないようにするために聴覚が切れて、痛みに耐えなくていいように痛覚を封印した。僕や華黒はこれを“発症”と呼んでいる……」


 言って、僕はミルクティーを飲み終えたスチール缶を易々と握りつぶしてみせた。


 痛覚がない状態なら人体のセーフティを気にせずに力を振るえる。


 おかげでスチール缶だろうと紙同然だ。


「お医者様が言うには、この“発症”は自分で自分を認識しないようにするための脳の処置だってさ。圧倒的なストレスから心を守るためのもので、自分で自分を省みないことで心の安寧を得ているんだって」


「…………」


「ああ、話が逸れたね。こうして“発症”を手に入れた玄冬真白は、華黒の代わりに華黒の分までまとめて玄冬巌の暴行を受けることにしたんだ。だってねえ? 自分で自分を認識できないんだよ? 無敵じゃない?」


「…………」


 統夜がコーヒーを飲む。


「華黒が僕に懐くようになったのはその時からかな。それまで感情を殺して生きてきた華黒が僕を味方だと思い始めたのは……」


「…………」


「だって華黒の世界には僕と玄冬巌しかいなくて、玄冬巌はアレだったから僕にすがるしかなかったんだろう。当然の帰結っちゃ帰結だよね」


「…………」


「僕も僕で華黒を守るために“発症”しては玄冬巌に暴行をされ続けていたんだ」


 言って僕は握りつぶした缶を真上に投げて、落ちてきたところをキャッチする。


「そんなある日、僕と華黒は飯抜きにあってね」


「飯抜き?」


「うん、一週間くらい」


「いっしゅ……!」


 驚愕を隠せない統夜。


 まぁ時間的には餓死すれすれだから無理もあるまい。


「で、僕と華黒にナイフを持たせて玄冬巌は言うわけだ。相手を殺した方に飯をくれてやる……ってね。きっと余興のつもりだったんじゃないかな?」


「…………それで?」


「しょうがないから僕は持ったナイフで自分の左手首を動脈まで深く切った。華黒を殺すなんてありえない選択だし、欲を言えば華黒に僕を殺してほしくなかったしね」


「いい具合に狂ってるなぁ、お前……」


「極端に行動しているだけだよ……なにぶん子どもがやることだから」


 手に持っているミルクティーの缶をてきとうに放り投げる。


 ちなみに不法投棄は犯罪です。


「そしたら……生まれて初めてじゃないかな? 華黒が絶叫を上げてね。しらけて部屋を出ようとした玄冬巌の喉元を手に持ったナイフで切り裂いたんだ。華黒の奴、あれで器用だからね。その後はめった刺しさ。玄冬巌がショック死するまでさほど時間はかからなかった」


「…………」


「その後のことは覚えていないんだ。気がつけば僕と華黒はそろって施設に放り込まれていて、心身をリフレッシュしましょうねってな具合」


「…………」


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