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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
37/298

『夏の決心』3


 海は雄大だ。


 雄々しく。


 ただ雄々しく。


 猛る波。


 香る潮風。


 深遠なる青。


 夕方には、太陽さえも飲み込むその大きさに心うたれる者も多かろう。


 夜の静寂を彩る波の音に心うたれた者も多かろう。


 海は雄大だ。


 あらゆる生物は海に生まれて海に死す。


 雄大な海は多くの命を抱えて今日も明日もめくるめく。


 海とは全ての命の母であり、それはつまり命が見る原風景そのものなのだ。



 

 ……なーんちゃって。



 

「兄さん、早く来てください。海です海」


「シロちゃんシロちゃん、海だよ海」


「真白くん真白くん、海だ海」


 呼ぶ三人の乙女に手を振り返しながら僕はえっちらおっちら準備体操を欠かさなかった。


 しかしそれにしても壮観ここに極まれりといった具合だ。


 もともとデルモ体系な昴先輩の、その体をひきしめる黒のビキニ。可憐という言葉が素で似合う百墨さんちの華黒ちゃんは花柄のビキニとパレオ。そんな学校のアイドル二人の水着姿だけでも「ごっちゃんです」なのに、さらにピンクのワンピースを着たナギちゃんまで加えた最強パーティに対し、男は僕だけ。


 その三人ともが僕に少なからず好意を抱いてくれているってのは一体どういう状況なんだろね。


 しかもプライベートビーチで四人きり。


「まぁどうでもいいかぁ……」


 わりかし投げやりに思考を捨てて、ついでに準備体操を終えると僕は海に飛び込んだ。


 飛び出せ青春、みたいな?




    *




 僕はプカプカと浮き輪に揺られている華黒のところまで泳いでいった。


 浮き輪を掴んで、顔を上げる僕。


 濡れた漆黒の髪をすきながらキラキラと光る瞳で僕を捉える華黒。


「兄さん兄さん。海です海」


「それはさっき聞いた」


「舐めてみると本当にしょっぱいんですよ海の水」


「どこか嬉しそうだね?」


「兄さんと海に行けるなんて思ってもみませんでしたから。どうですか? 私の水着、可愛いですか?」


「今さら聞かなくても水着専門店で僕が選んだやつでしょ」


「それでも今聞きたいんです。水着、似合ってますか?」


 ……あんまりこういうことは軽々しく言いたくないんだけど。


 僕は渋々口を開いた。


「うん、すんごく似合ってる。可愛いよ華黒」


「はうあっ!」


 華黒は胸に手をあてて、浮き輪の上でのけぞった。


「……キュン死しそうです、兄さん」


 あーはいはい。


 うちの妹は三文安くできているようで。




    *




 少しだけ泳ぎ疲れて浜辺に戻ると、両手でスイカを抱えたナギちゃんが近寄ってきた。


「シロちゃんシロちゃん……ビーチフラッグススイカ割りしよっ」


「ていうかスイカなんて持ってきてたんだ。用意がいいね、ナギちゃん」


「うーうん、使用人に無茶言って買ってこさせたの」


 うーん……ブルジョワジー。


 ところで……、


「ところで……ビーチフラッグススイカ割りって何?」


「名前の通りビーチフラッグスとスイカ割りの融合競技だよ。二人がスタート地点で木刀を中心に三十回まわって平衡感覚を失った後で十メートル先にあるスイカを割るというゲーム。上級者編になると相手への攻撃が有りだったり、目隠しをしてから始めたりするのよ。かなりカオスな内容になっちゃうけど」


 さもあろう。


「そこはかとなく不安を感じるスポーツだね」


「先にスイカを割った人の勝ちになるのよ。では、はい、シロちゃん」


 そう言って僕に二本の木刀の内の一本を渡してくるナギちゃん。


「え? 僕もやるの?」


「シロちゃんとやりたいの」


 はあ、まぁ別にいいんですけどね。


 僕とナギちゃんは十メートル先のスイカをにらめつけて、それから足元の砂場に木刀をたてて、柄に額を当てると三十回グルグルと木刀を中心に全力で回った。


 三十回まわりきったのは二人同時。


 僕とナギちゃんは同時にスイカめがけて駆け出した……と思ったらナギちゃんは早々に平衡感覚を失ったらしく飲兵衛のようなふらつく足取りだった。


 勝った、と思ったのもつかの間、僕のふらつきを狙ってナギちゃんが木刀を僕の足に引っ掛けた。思いっきり転ぶ僕。


「何するのさ!」


「こういう邪魔もビーチフラッグススイカ割りの醍醐味なんだよ。シロちゃんが甘いのだー」


 勝ち誇った顔とは裏腹にまだふらつく足でスイカへと歩を進めるナギちゃん。


 今度は僕が木刀でナギちゃんの足を引っ掛けた。


 顔から砂場につっぷすナギちゃん。


「何するのよシロちゃん!」


「こういう邪魔もビーチフラッグススイカ割りの醍醐味なんだってさ。ナギちゃんが甘いのだー」


 結局スイカを割れたのはその五分後だった。




    *




 僕はパラソルの影でスイカを食べながら、浮き輪でプカプカと波に揺られている華黒を眺めていると、昴先輩が声をかけてきた。


「真白くん真白くん、あそこに島が見えるだろう」


 そう言って先輩が指差した先には離れ小島があった。プライベートビーチの砂浜……つまりここからなら五百メートルといったところだろうか。


「あそこまで遠泳しようじゃあないか」


「いいですね。それ」


 僕は二つ返事で頷く。


 昴先輩は不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「どうせだからレースでもするかい? 勝った方が華黒くんを好きにできるとか」


「その条件だと僕は迷わず負けますよ」


「それは嘘だね」


「…………」


 ……まったくこの人は、どこまでわかって言ってるのやら。


 とまれレースの話はおじゃんにして、僕と先輩は純粋に遠泳を楽しんだ。


 離れ小島についたのは先輩が最初で僕が次点。


 さすがに万能人間酒奉寺昴は泳ぎも得意らしい。


 先輩の黒ビキニのクロール姿が凛々しく見えたことは僕の記憶の中だけに収めておこう。


 先輩は小島の岩場に腰を下ろして、それから僕も座るようにと促した。


 素直に座る僕。


「ここなら誰にも聞かれずにすむね」


 と、先輩は海を眺めながら前置きをした。


「何のことです?」


 と、聞く僕に、先輩は、


「すまない」


 と謝った。


「…………何のことです?」


「君達兄妹の事情を知ってしまった」


「…………」




 あら……まぁ……。




「正直なところ興味本位でなかったかといえば嘘になる。だからすまなかった」


「きっかけは何です?」


「最初は単に君が病院にかかっている理由を調べるつもりだったのだが芋づる式に過去の事情がくっついてきた」


「でしょうね」


 切っても切り離せないものだ。


「余計な詮索をしてしまった。本当にすまなかった」


「いえ、構いませんよ。面白くもない話を先輩の耳に届けてしまって、こちらこそごめんなさいとしか言えません」


「もしかして私を助けようとした時も“発症”したのかい?」


「ええ、まぁ」


「そうか……それは……いや、そうだろうな……」


「華黒には言ったんですか?」


「いくら私でもそれは恐い」


「嘘ですね」


「嘘だがね」


 言って先輩は苦笑した。


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