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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編

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『夏の決心』1


 期末テストが終わり今はもう夏休み。


 じめじめとした蒸し暑さをエアコンで室内から追い出す。


 部屋を閉めきっても聞こえてくるセミの声に熱を感じてしまうのは、日本人の業とさえ言えるのかもしれない。


 その日の僕は、夏休みの宿題の定番である読書感想文に向けて本を読んでいる真っ最中だった。高校生にもなって読書感想文を書くことになろうとは……いやはや……瀬野第二高等学校には呆れたものだ。


 パラリパラリとページをめくりながら本を斜めに読んでいると部屋のドアが開いた。


 華黒だ。


「兄さん。カキ氷ができましたよ」


「ん、今行く」


 僕は手に持った本にしおりを挟んで閉じてベッドに放ると、ダイニングに顔を出した。


「さあさ、どうぞ兄さん。召し上がれ」


 語尾にハートマークをつけながら華黒が席を勧めてくる。


 その席の前に置かれたのは練乳とイチゴシロップがたっぷりのカキ氷が一つ。


 いつだったか「カキ氷とか食べたいよね。練乳をたっぷりかけて」なんてポツンと漏らした僕の言葉を覚えていたらしい華黒が、カキ氷機を買ってきたのがつい先日。


 気が利くというか甲斐甲斐しいというか……。


 とまれ、


「食べるのはやぶさかじゃないんだけど全員揃ってからにしない?」


 そんな僕の提案に、


「何を言ってるんですか兄さん。私と兄さんの二人分ちゃんと作りましたよ?」


「いや、先輩がさ……」


 そういって僕は、僕の座っている席の右隣で微笑んでいる昴先輩を見る。


 今日はハーレムとの予定がないそうで、何故か先輩は僕らのアパートに遊びに来ていた。


 華黒は不機嫌だ。


 元々先輩を嫌っていた華黒だったが先の一件でそれが最大のものとなり、僕ら兄妹に近づくのを生理的に嫌っている。


 当然、先輩にはカキ氷が用意されてはいなかった。


「華黒、先輩の分も作ってあげなよ」


「嫌です。招かれざる客に接待の必要はありません」


 ザックリ切り捨てる華黒に、


「嫌われたものだ」


 昴先輩は泰然として答えて、さらに続ける。


「いいのさ。真白くんと食べさせ合いっこをするから」


 そんな挑発めいた先輩の言葉に、ピクリと引きつく華黒のこめかみ。華黒から負のオーラが漏れ出る。しかしそんなことどこ吹く風で昴先輩は僕のカキ氷をスプーンですくうと、僕の口元まで運んだ。


「真白くん、あーん」


「え、えと……あーん」


 おずおずと開いた僕の口に、カキ氷は入ってこなかった。


 寸前で華黒が制止したせいだ。


「いいかげんにしてください。私の次は兄さんですか。どれだけ節操がないんです……!」


「それとこれとは別さ。私が華黒くんに惚れていることと私が真白くんに惚れていることは別件だ。至極関係のない話だよ。それとも嫉妬かい」


「嫉妬です!」


 ……言い切らずとも。


「兄さんも! 何を平然と打ち解けあっているんですか! この女のせいで傷ついたでしょうに!」


「でもあれは僕の意思の結果だから……」


「ですから、その病気を引き起こさないためにもこんな女とは縁を切るべきです!」


「熱くならないならない。はい、あーん」


 僕は華黒のスプーンで華黒のカキ氷をすくって華黒の口元に寄せた。


「…………」


 不満を飲み込み、無言でカキ氷を咀嚼する華黒。


 可愛い可愛い。


 華黒を黙らせる為に華黒にカキ氷を与え続ける僕。


 そんな僕にカキ氷を食べさせながら自分も食べる昴先輩。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰もしゃべらない。


 妙な構図で停滞した場の雰囲気を壊したのは、インターフォンだった。


 ピンポーン……と一つ。


 僕が玄関に行き扉を開くと、そこには、


「久しぶり、シロちゃん」


 いつぞやの少女、ナギちゃんがいた。


 短く揃えられた髪とクマさんポーチは変わらないものの、今日のナギちゃんは白いフリルのワンピースを着て、白い日傘をさしていて、単に少女というには楚々としたイメージであった。まぁ当たり前か。何せ本物の「おぜうさま」なのだから。


「えーと、え?」


 ちょっと意外な人物の登場に動揺する僕の前で、ナギちゃんは日傘を閉じた。


 それから彼女は僕に問いかける。


「あがってもいい?」


「え……うん……」


「おっじゃまっしまーす♪」


 ナギちゃんはルンルン気分で靴を脱ぎ屋内に入る。


 キッチンを通りダイニングへ。


「クロちゃんも久しぶり」


「楠木さん……」


 華黒もまた意外そうな顔でナギちゃんを迎えた。


 昴先輩も――先輩にしては珍しく――何故か驚愕に目を見開いていた。


「わ、カキ氷だ。私も食べるっ」


 そう言うナギちゃんの意に従って華黒はさらに二つ容器を取り出して、新たに二つカキ氷を用意した。ナギちゃんの分と、それから先輩の分だ。先輩の分を作ったのは優しさなどではなく、僕と先輩がカキ氷を共有することが我慢できなかったからに違いない。


 昴先輩がカキ氷を食べながら、声を潜めて僕に聞いてきた。


「君達はあの娘を知っているのかい?」


「ええ、まぁ」


 僕もつられて声を潜める。


「名前は木に南に木に南に木って書いて楠木南木って言うんですよ」


 食指で空中に名前を書いてみせると、


「くすのき……なぎ……ね……」


 先輩が意味深に名前を呟いた。


 首をかしげる僕。


「何か心当たりでもあるんですか先輩?」


「いや、楠木南木には心当たりはないよ」


 楠木南木、を強調してそう言う先輩。


 それはどういう意味か、と聞こうとした僕が口を開くよりも早く、


「シロちゃん」


 先んじてナギちゃんが唐突に提案をした。


「というわけで海へ行こうね♪」


「何が、というわけで、なの?」


 聞く僕に、


「プライベートビーチに行きたいけど一人じゃ暇なの。それならシロちゃんも誘おうかなって。別荘もあるし」


 プライベートビーチとな。


 別荘とな。


 いきなりなブルジョワ発言にふと思考が停止してしまう僕。


 代わりに答えたのは華黒。


「当然、却下です。今年の夏の兄さんは私とのデートでいっぱいいっぱい……」「シロちゃんに悩殺水着姿をおがませるいいチャンスだと思うのにな」「いっぱいいっぱいでしたが、避暑も悪くはありませんね……うん」


 華黒ー、操作されてるよー?


「つまり華黒くんの水着姿が拝めるのだね」


 と口を挟んできたのが欲望に忠実な昴先輩。


「ちょっとちょっと待って待って」


 とりあえず場をいさめる。


「いきなりすぎるよ、いくらなんでも。別荘……だっけ? ナギちゃん、それはありがたい申し出だけど旅費に準備に……色々と計画が必要に……」


「必要ないよ」


 ナギちゃんが一蹴した。


「表にとめているリムジンに連れられて避暑地まで行けば交通費かかんないし、あらかたのものは使用人が用意してくれるから極端な話、着替えすらいらないしね。お気に入りの勝負水着でもないかぎり丸腰で出かけてだいじょーぶ! 無い分は現地でフォロー」


 おのれ滅ぶべしブルジョワGめ。


「でもそこまで迷惑は」


「大丈夫だって」


 いや、しかし、と食い下がろうとした僕より早く、華黒が言葉を紡いだ。


「そういえば去年の水着はもうサイズが……」


 そう言って妹は自分の胸を揉んでいた。


 そうかそうか。大きくなられましたか。


「それについては心配無用だね」


 いつのまにか華黒の背後に回っていた昴先輩がそう言いながら、華黒の背中を人差し指でツイーっと撫でた。それだけで華黒のブラジャーのホックが外れる。


「意味もなくブラジャーを外すのはやめてくださいと何度も言っているでしょうっ!」


「ははは、失敬失敬。しかして案ずることはないぞ私の華黒くん。お勧めの水着ショップに連れていってあげよう。プライベートビーチで乙女三人、真白くんを悩殺させてメロンメロンだ」


 言った昴先輩の言葉につづけて、ナギちゃんがさらに、


「じゃあ今とめてるリムジンにシロちゃんも皆も乗って水着屋さんに行こうよ。それでそのまま避暑地へゴー!」


 えー、何その弾丸スケジュール。


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