心の置き場と散る桜3
三月も下旬。
春休みに入る。
鏡花水月はアパートを引き払って実家に戻った。
来年度からお嬢様学校に再転校するのだろう。
立つ鳥跡を濁さず……とはいかなかった。
この情報化社会ではありえないことだ。
何のことかって?
電話やメールやラインで距離を超えて意思疎通が出来るのだから早々縁を切ることは現代社会では難しい。
ともあれ、春休み。
物理的な意味で鏡花水月と別れた僕と華黒は近くの河川敷を歩いていた。
「桜が咲いてますよ兄さん!」
仰る通り。
ソメイヨシノが咲き誇っていた。
「そういえばソメイヨシノって全部クローンだったんだっけ?」
正確には接木って言葉だった気もするけど。
「鏡花も大変ですね」
「何が?」
「桜が咲くことすら辛いと感じてしまうのでしょう?」
「……だね」
苦笑する他ない。
「兄さんは可哀想な女の子を見捨てられませんから私は気が気じゃありません」
「ま、それについては追々ね」
「鏡花……可愛かったですもんねっ」
「水月も格好良かったね」
「私は心揺さぶられたりしませんから」
良くも悪くもブレないってことかな?
いい子いい子。
「言っておきますけどね兄さん?」
「何でっしゃろ?」
「兄さんを理解できるのは私だけで私を理解できるのは兄さんだけなんですからね?」
「白花ちゃんや昴先輩も認識している筈だけど……」
「予想と体験には雲泥の差があります」
「否定はしないよ」
桜の花が風に散る。
「憂世に何か久しかるべき……か」
「兄さん!」
「僕と鏡花より華黒と水月の方が密に連絡を取ってる気がするけど?」
「うう……っ」
いかん。
図星をついてしまったらしい。
「別にいいけどね」
「よくないですっ」
「何が?」
「私が愛してるのは兄さんだけです! 浮気心と思われるのは不本意です!」
そこまでは言ってにゃーんだけど。
「三か月の付き合いだったけど業が深かったね」
「それは……そうですね……」
でもまぁ。
可愛らしい女の子と知り合えて僕としてはまずまずかな?
言えば華黒が暴走するから言葉にはしないけど。
世界が怖いという点で華黒とルシールと鏡花は一致する。
ルシールは軽度だけど、華黒と鏡花は深刻なソレだ。
だからきっと僕の琴線に触れたのだろう。
今はそう思える。
「だからといって兄さんの心の占有率を分けるつもりはありませんよ」
「信用無いなぁ」
「だって……そうでしょう……?」
「まぁ……そうだけどね……」
「むぅ」
難しい顔だね。
「せっかくの花見デートなんだから笑顔笑顔」
「兄さんがキスしてくれたら笑顔になれます」
「ふむ」
僕は自分の唇に人差し指の切っ先を当てると、その指を華黒の唇に押し付けた。
「外ではあんまり濃厚なのは勘弁してほしいかな?」
「……ん」
カプッと僕の人差し指をくわえる華黒。
唾液で濡らして興奮する。
それから取りやめると、
「はい。兄さんも」
と催促してくる。
僕は華黒の唾液に濡れた人差し指を自身の唇に当てる。
「宜しい」
何が?
ツッコミは野暮だろうけど。
「絶対に兄さんは私のモノですから」
「ルシールや鏡花から始めてさ。サークルを広げてみない?」
「兄さんさえいれば他に何もいりません」
「ストイックすぎるよ……」
「良い事でしょう?」
「一概にそうは言えないね」
少なくともそうならないために僕は華黒に寄り添うことにしたのだから。
去年度の約束を僕は忘れていない。
「――だから支える。――離したりなんかするもんか」
その誓いはまだ胸に。
呪いと共に確かに存在した。
閑話休題。
「桜が散ればまた鏡花の重荷になるのでしょうか?」
「森羅万象がナイフみたいなものだからね」
自己同一性ストレス障害。
生きていることがトラウマと云う地獄を渡り歩く少女。
「兄さんは桜は好きですか」
「儚いモノは皆好きだよ」
「私も……ルシールも……鏡花も……?」
「華黒が僕を必要としなくなる日が来るまでは華黒を雨から守る桜の木になろう」
そのために花が散るならば本望だ。
「ならば寄り添う少女は散る花の趣に心を痛めましょう」
艶やかに華黒は笑った。
僕も笑った。
風が吹いて桜を散らせるのだった。
Fin




