心の置き場と散る桜2
どこからか現れたリムジンに乗って都会へ。
最近こういうことにも慣れてきていたり。
良い事か悪い事かは別の話として。
目的の手芸屋まではちょいと渋滞だったためリムジンでは少し都合が悪かった。
ので途中から下車して歩き。
僕と華黒は(勝手知ったる)手芸屋だ。
正装から民族衣装からオートクチュールからコスプレまで色々と揃っている。
ここで鏡花と水月の望む出で立ちで記念撮影をするのが本日のデートの第一手。
「華黒先輩は俺より真白先輩が好きなんですよね?」
「ええ」
間髪入れず頷く華黒。
鬼か。
まったくうちの妹は……。
「真白先輩のどこが好きなんですか?」
「格好良くて優しくて妹想いでツンデレで……何より王子様的な立ち位置ですから女の子なら皆惚れます」
照れるね。
そんな自覚も自認も存在してないけど。
「王子様……ですか」
「ええ、それはもう」
地獄を見た。
ひたひたと悪霊のように忍び寄る影を見た。
影の足音に振り返ればいつもそこには地獄があって。
まるでペンキの飛沫のようにこびりついて離れない。
どれほど忘れようとしても不意の暴力のように襲い掛かる僕らの原風景。
悪夢に苛まれる感覚はいつまで経っても慣れない。
世界は怖いことだけじゃない。
昴先輩ならそう言うだろう。
理屈としてはわかる。
華黒もそうだろう。
でも。
だからこそ。
世界には怖いことが確かにあるという逆説的証明でしかなかった。
僕では華黒を救えなかった。
本当に、
「華黒にとっての王子様としての振る舞い」
を出来なかった僕の後悔。
当然水月は想像の欠片さえ掴めないだろう。
ここでするには下世話な話ではあるし、知っても耳を汚すだけだから黙ってるけど。
そうこうしている間にも水月は自身と華黒のコスチュームを選んだ。
水月はスーツ。
華黒はウェディングドレス。
「こ……これは……」
あうあうとたじろいで華黒が僕に救いを求めるように見やる。
僕は両手の平を華黒に向けて差し出した。
「気にしてないから付き合ってあげて」
一分も漏らさず華黒は意を酌んでくれた。
ウェディングドレスを着て正装姿の水月と並ぶ。
これを言ったら華黒は怒るだろうけど、中々見栄えのする二人の写真だった。
「家宝にします……!」
出来上がった写真とデジタルデータを抱きしめて水月は嬉しそうにはにかんだ。
「水月が喜んでくれたなら僕らにとっても有意義だね。ね、華黒?」
「むぅ」
納得できないらしい。
次は僕がスーツを着て鏡花がウェディングドレスを着た。
水月の時に後ろ髪を纏めていたシュシュを外してセミロングのストレート。
ちょっと新鮮。
女の子らしさが二割増しだ。
「………………う……あ……真白お兄ちゃん……」
「忘れないよ」
鏡花が何を言いたいかは予想がつく。
生きていることが心的外傷の少女。
その傷を忘れられるのは僕を想っているときだけ。
我ながら因果な対象だけど、泣いている女の子のポプラの枝になれたら僕はそれだけで十分だ。
「鏡花」
「………………な……に……?」
「鏡花の心をここに置いていって」
「………………え……?」
「大切な宝物にする。距離が離れても鏡花が泣かなくて済むように」
「………………いい……の……?」
「うん」
鏡花に向かってニッコリと笑ってあげた。
赤面する鏡花。
「鏡花の心を僕に預けて。会えなくても僕を想って。それで君が苦しまなくて済むのなら僕はそれだけで満足だ」
「………………あ……う……」
言葉もない、と。
耳まで真っ赤になる鏡花はそれはそれは愛らしかった。
「そろそろいいですか?」
カメラマンがスーツの僕とウェディングドレスの鏡花に向かって言う。
「はい」
頷いてパシャリ。
そして写真とデジタルデータを鏡花が受け取る。
「もし生きることが我慢できないほど辛くなったら心を預けた僕を思い出して。記憶でもいいし写真でもいい。時には会いに来てもいい。鏡花にとって僕が救いであるのなら、決して君の命に『一切の救いがない』なんてことは無いんだから」
「………………う……あ……」
「僕以外に救いが見つかるならそれもいいんだけどすぐには見つからないでしょ?」
「………………うん……」
「それまでは僕が鏡花の心の安置する対象になってあげるから。きっと僕らは生きることを祝福されていない。でもこうやって生きている。なら……その先に幸せを願わなきゃ嘘だ」
「………………うん……お兄ちゃん……」
ウェディングドレス姿のまま、鏡花は僕の胸に飛び込んできた。
抱擁する僕。
涙を流す鏡花。
やっぱり僕は女の子を泣かせてしまう存在らしい。
「ごめん……ね……」




