バレンタイン当日3
今日は胃の調子から夕食は出なかった。
悪いとは思ったものの僕から提案して華黒が受け入れた。
まぁチョコ三昧だったから胸やけがするのだけど、本番はここからだ。
華黒がチョコケーキを手作りで焼いてくれた。
今日最後のチョコだ。
チョコのスポンジにチョコクリームをかけて、チョコプレートにチョコペンで『ハッピーバレンタイン!』と書く。
「はい。兄さん」
そんなチョコケーキを僕に進呈してくる華黒だった。
「ありがとね」
「それは私のセリフです」
気持ちは……わからないじゃないけど。
「食べさせてもらえる?」
そんな僕の提案に、
「……っ!」
華黒に笑顔がほころんだ。
フォークでケーキを崩して突き刺すと、
「兄さん。あーん」
「あーん」
燕の雛の如くチョコケーキを与えられる僕であった。
ほろ苦いビター。
あぐあぐと華黒にチョコケーキを食べさせてもらった後、
「お茶が飲みたい」
と僕が言う。
甘い物は当分いいかな?
糖分だけに。
すみません。
今のカットで。
華黒はうめこぶ茶を淹れてくれた。
素直にありがたい。
「はふ……」
と茶を飲んだ後、安堵の吐息をついてしまう。
菓子に茶が合うのは洋の東西問わずどこでも一緒だ。
「誰のチョコが一番美味しかったですか?」
「みんなそれぞれ美味しかったよ?」
「そういう悪平等はいいですから」
「もちろん一番は華黒」
「御機嫌取りではなく?」
それを言われると痛いなぁ。
そりゃ単純に味だけ考えればブランド物の昴先輩や白花ちゃんや水月のチョコが勝るだろうけど、本心として、
「華黒のチョコが一番嬉しかった」
というものだ。
「そ、そうですか……。なんだか照れますね……」
えへへ、とだらしなく笑う華黒だった。
きゃわいいきゃわいい。
「兄さん」
「何?」
「私の兄さん」
「華黒の兄さんだよ?」
「私の私の私の兄さん」
「華黒の兄さんですね」
「そのですね」
「そのですね?」
「今日は……その……」
「色々あったね」
もはやカルマだ。
業の深さに真っ逆さま。
「いっぱい兄さんが好きです」
「ありがと」
「でもそれは他の子たちにも言えて……」
「…………」
「だからきっと……兄さんはもしかして……」
「私がいなくても大丈夫って?」
「……はい」
くねっと力なく垂れさがる犬のしっぽが華黒のお尻辺りに幻視できた。
いっぱいの女の子が僕にチョコをくれた。
それが不安で、嫉妬してしまって、そんな自分が嫌いで、だから僕の口から愛を聞きたいのだろう。
僕の愛情だけが華黒の心の清涼剤だ。
「いつだって僕の一番は華黒だよ」
苦笑と微笑の中間くらいの塩梅で笑う僕。
「本当……ですか……?」
へにゃりと垂れた忠犬の犬耳を華黒の頭に幻視できた。
言葉じゃ足りないみたいだ。
「今日は一緒にお風呂に入ろっか」
「兄さんから言ってくれるなんて……」
「意外かな?」
「それは……まぁ……」
困惑される。
さもありなん。
「私は兄さんが好きです」
「僕も華黒が好き」
「兄さんは私の全てです」
「僕には華黒が必要だ」
「本当に?」
「本当に。華黒……」
ちょいちょいと僕は華黒を手招きする。
華黒が対面から回ってきて僕の隣に座る。
「チョコ。ありがとね」
そしてチョンと少し唇に触れるだけのビターなキス。
「あ……」
と名残惜しそうな華黒に、
「ビターなチョコにはビターなキスが合うでしょ」
言ってウィンクすると華黒は照れて赤面した。
ん。
可愛い可愛い。




