天敵論3
始業式終了後。
「華黒先輩~。帰りましょう~」
女子制服を着てシュシュで纏めた尻尾をヒョコヒョコ揺らしながら水月が手を振っていた。
先輩の教室の通路側のドアから。
「どうします兄さん」
「華黒の問題でしょ」
「つまり巡り巡って兄さんの問題でしょう?」
「別に華黒の愛を疑うことも出来ないしなぁ」
「あう……」
純情に赤面する華黒だった。
「ともあれそんなわけで帰りましょうお姉さん」
黛も気後れしないタチだ。
ルシールは、
「………………あう……」
相も変わらず平常運転だったけど。
そんなわけで始業式は昼で終わったし昼食をとってから夕餉の食材を買って帰ることに相成る。
嫉妬の視線がグッサグッサ。
元より華黒とルシールを手籠めにした(という風説の流布の)事が広まっている。
そこに事情があって黛まで参戦し二学期を以てかしまし娘となったところに四人目が来れば誰だって常識を疑う。
何でかって?
僕もそうだから。
とりあえず適当にイタリアンレストランに入る。
追記するならファミレスです。
本物のレストランに入れるほどの勇気はありません故。
全員でパスタを頼み、マルゲリータを一丁。
「瀬野二はどうでした?」
華黒が水月に話を振る。
僕は黙ってお冷を飲んでいた。
「良い人たちばかりです。一応ルシールと黛のグループに入れてもらったんで孤立することは無いかと」
「趣味悪いって言われたでしょ?」
「ええ、まぁ」
水月の苦笑。
「よほど不埒なんですね真白先輩は」
「否定の余地がござんせん」
ムスッとそっぽを向く。
視線を重ねたら負けな気がして。
「まぁ、実際鏡花は一目惚れしちゃったらしいですし」
「鏡花?」
稀に聞くね。
その名前。
「一応のところ『俺』は華黒先輩一筋ですけどね」
俺以外がありそうな水月の言だった。
別にいいけどさ。
「もう勝手に兄さんにキスをしてはいけませんよ?」
「あー……」
ガシガシと水月は後頭部を掻く。
「多分またあることだと思うんで、その時はヨロシク……です」
「あるんですか!?」
「落ち着いて華黒」
コツンとチョップ。
「キス魔?」
「違います」
「僕に惚れてるわけでもないようだけど」
「華黒先輩が俺の全てです」
「ふむ……」
ピースが足りない。
機会があれば統夜に教えてもらおう。
こう云ったことには目聡いだろうし。
そういう意味では統夜は僕の天敵ではなかろうか?
プライバシー一切なし。
味方とまでは言えないけど友情は構築しているため瓦礫とならない限りは安全だろうけど。
それでも憎しみを買ったら僕の赤裸々事情を鯨幕にされかねない。
怖い。
統夜怖い。
とまぁ冗談は置いといて、
「何で一目惚れでそこまで入れ込めるの?」
ボンゴレを食べながら僕は問う。
「一目惚れだからこそ、でしょう」
「そんなものかなぁ?」
少なくとも僕と華黒は両者ともに積み重ねてきた共有経験値がケタ違いだ。
だから僕は華黒を愛することが出来る。
だから華黒は僕を慕うことが出来る。
華黒が僕を見てくれるから僕は一般人でいられて、僕が華黒に執心しているから華黒は幸せでいられる。
一目惚れはそういった経験に対するアンチテーゼのような概念だ。
悪いわけじゃないんだけど。
「ま、なんだかなぁ」
クルクルとフォークでパスタを巻き取る。
アグリ。
「華黒先輩。この後デートしませんか?」
「兄さんが行くなら構いませんけど……」
「真白先輩?」
「まぁ時間はあるけどさ……」
気疲ればかりはしょうがない。
なんでこんなことになったんだろう?
考えて答えが出る話でもないけど。
「じゃあ近場のアミューズメント施設に行く?」
「いいですね」
「ルシールと黛は?」
「………………あう……」
「黛さんも行くっす! ルシールと共に」
ですよね~。