後輩の帰還2
「さて……」
僕は食後のコーヒーを飲みながら、
「どこに行く?」
と聞いた。
華黒は食器を洗っているため会話には参加しない。
「神社が妥当ではあるんですけどどうでしょう?」
「初参りは華黒と済ませちゃったしなぁ」
除夜の鐘を聞いて新年を迎えた僕と華黒だった。
「じゃあ普通にデートですね」
「僕と華黒とルシールと黛の四人で、か」
指折り確認していると、ピンポーンと玄関ベルが鳴った。
華黒がエプロンで手を拭きながら、
「はいはいはーい」
と応対する。
そして、
「ふにゃっ!」
と奇声を発した。
何事?
天敵である昴先輩を相手にしては奇声が可愛すぎる。
「話は聞きました! 是非とも俺もデートに参加させてください!」
明朗快活ニコニコ一括現金払いに満ち溢れた声が聞こえてきた。
言うまでもない。
水月だ。
今日も黒髪セミロングの後ろのソレをシュシュで纏めている。
服装は皮のジャケットにジーパン。
顔が中性的であるため宝塚でも通る出で立ちだった。
少しだけ話がこじれて、それから落ち着きを取り戻すと、ダイニングに五つ目の椅子が設置されて三人目の客を席に座らせた。
「誰です? この美少年……」
まぁそう言いたくもあるよね。
「千夜寺水月。三学期からルシールと黛の同級生」
「うっす。水月って呼んでほしいです。ええとルシールと黛……?」
「………………お友達に……なってくれるの……?」
ルシールはちょっぴり嬉しそうだった。
水月には邪気が無い。
清々しいというか何というか。
であるためルシールの熱心な精神的ファイヤーウォールを突破できたのだろう。
対して、
「……本気ですか?」
口をへの字にしたのは黛。
「またお姉さんは……」
「いや、此度は僕じゃない」
というか男に迫られるとか割腹ものだ。
「水月は華黒を気に入ってるらしくてね」
「お姉様を、ですか。それはまたハードな人生設計をなさいましたね」
まったくまったく。
まぁ一応お金持ちのお坊ちゃんだから人生をなめてかかるのはしょうがないのかもしれないけど。
「ていうか何でデートの話が水月に通じてるのさ?」
「壁に細工をしまして」
「細工?」
「壁を削って厚さを薄くした後、マイクを張り付けてスピーカーに繋げました。リビングでの会話はこっちに筒抜けです」
「訴えられたいの?」
「勝てます?」
不遜だが一理ある。
相手は仮にも酒奉寺の分家。
千夜寺水月。
この手の手段で一高校生に後れを取ったりはしないだろう。
ていうか面倒だから訴訟したりしないんだけど。
「とりあえず水月の部屋の盗聴機器を外すところから話を進めようか」
「え?」
ポカンとする水月。
「ダメですか?」
…………。
「……何を以て良いと思ったの?」
「華黒先輩の状況を把握するにこれ以上は無いですよね?」
「例えば?」
「登校するのに玄関を開けるタイミングを合わせられたり……」
「そんなことしなくても朝の準備を終えた後にノックすればいいでしょ。水月なら抵抗なく迎えられるよ」
「そうなんですか?」
これは食器を洗い終わった後の華黒に。
「まぁ特に警戒に値しないのは事実ですね。というか盗聴されるくらいなら素直に顔を出してくれる方が何倍も有難いと云うものなんですけど……」
「ではそうします!」
「はいはい」
「で、デートの件なんですけど」
「別についてくるのはいいけど……」
「ですか」
水月は破顔した。
機嫌の良い子猫みたいだ。
「にゃははぁ」
と笑う。
「どちらにせよ食材を買いに行かねばなりませんから百貨繚乱でどうでしょう?」
「今日の夕食決まってるの?」
問うたのは僕。
「海鮮キムチ鍋でいいでしょうか?」
「ドストライクです」
グッとサムズアップ。
「ではそういうことで」
一応予定は決定。
「………………あう……」
ルシーるルシール。
「ま、鍋なら」
と陰謀めぐらす黛。
「俺も席を同じくして良いでしょうか?」
欲望に忠実な水月。
なんだか僕らのアパートが魔窟と化しているような気がするけど……ま、気のせいだろう。
多分。




