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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
28/298

『船頭一人にして船山に登る』1


 チュンチュン。


 そんな小鳥のさえずりを聞きながら僕はぼんやりと目を覚ました。


「ん……」


 いつもと変わらぬ僕専用の個室に一人、簡素なベッドの上に寝転がる自分を発見する。どうやら今日は困りものの妹は侵入してないらしく――というのも稀に僕のベッドに潜り込んでくる事があるのだ――華黒の姿は影もない。なんとなくベッドを広く感じるのは気のせいだろう。


「ふわ」


 あくびを一つ。二、三度寝返りをうった後、どうにかこうにか体を起こしてみる。むくりと上半身だけが意識に反応して起き上がり、下半身はまだ寝ているのかそれほど積極的には動かなかった。図らずも腹筋をする形になってしまったが、まぁよかれ。そのままオットセイのように腕の力だけでベッドを這いずり抜け出すと、今度こそ両足を使って立ち上がる。首だけを動かして目覚まし時計を見る。


 現在五時十二分。


 朝の。


「どうりで眠いと思った」


 つまりは早く起きすぎたのだ。七時十五分に鳴るはずのアラームが沈黙をまもっているのも頷ける。そろそろ一学期の期末テストが近づいている今日この頃、早朝にもかかわらず太陽も既に昇っているのであろう。窓の外はカーテン越しにも明るかった。まだ起き切っていない身体で窓辺にふらふら歩み寄り、僕はカーテンと窓を開く。冴えた大気。白い陽光。朝特有のまどろんだ空気を肺に取り入れ、僕は少しだけ覚醒した。


「よし……」


 そして一つの決心をする。


「今日は学校をサボろう……」


 駄目な決心だった。


 が、決心は決心。


 決心の後は決行だけだ。


 僕はなるたけ音を立てないように自室を出てダイニングを通り過ぎキッチンへと赴き冷蔵庫を開け牛乳を取り出しコップに注いで一息に飲み完全に目を覚ますとまた自室へと戻りティーシャツとジーパンをタンスから取り出し着替えポケットに財布と鍵をつっこむとメモを残して華黒に気付かれないようにそろそろと玄関を通って外に出る。


 携帯電話は持たない。



 

 今日は誰とも話したくなかった。



 

    *




「一人にして。探さないで。心配しないで。食事はいらない。それから華黒はちゃんと学校に行くこと」


 そんな「他人に言えた義理か」とつっこまれそうなメモを残して早朝から家を出た僕は、特に目的も目的地もなくふらふらと歩き出した。


 頭の中にある思考は一つだけ。


「どこか遠くへ行こう」


 ただし日帰り限定。


 そんなこんなで八時くらいまでコンビニで時間を潰した後、僕は駅に向かった。それほど大きくも小さくもない我が街の駅には、当然ながら雑多な人であふれていた。まぁ平日なうえに時間が時間だ。当たり前の帰結といえば帰結である。むしろ学校をぶっちぎってフラフラしている僕の方が異端だ。そんな益体もない自虐を考えながら、学校へ向かう電車通学の学生や出勤にいそしむお父さんがたのつくる洪水の中を泳ぐように切符売り場へ向かう。買う切符の行き先は二駅向こうの都会だ。以前に僕は「遊ぶ分には都会に行かなくても駅周りでも問題ない」と言ったことがあるが、あくまでそれは休日の話。平日に学生が私服で歩いていれば補導される場合もある。まぁそんなわけでサボタージュするにはなるたけ都会チックな空間の方がいいのだ。不良の浅知恵である。


 そんなこんなで僕は硬貨を三枚支払って、二駅分の切符を買った。タイミングよく来た上りの電車に乗って都会様々へレッツラゴー。



 

    *




 ガタンゴトン。


 電車が揺れる。


 線路に沿って進む電車の車窓から見えるのは、後ろへ後ろへと流れるビルの群像。やたらキンキラと朝日を跳ね返す窓ガラスを側面に所狭しと並べたビルの群は、都会に近づくにつれ多く列挙し、そして見えては視界の端へと消えていく。


 だんだんとコンクリートジャングルの茂みが濃くなる外の風景に辟易しながら、しかし僕は同時に中の満員電車っぷりにも辟易させられていた。おしくらまんじゅうに例えても足りないほどの人口密度が僕の体を押しつぶす。


 ……人、多すぎ。


 まぁわかっていたことではあった。


 平日の朝に都会様々行きの電車が混まないわけもない。これは当然の帰結であり自業自得というものだが、だからといって心から湧き出る憤懣やるかたない感情を抑えることはできない。元々がそんなに人を好きではないタチだ。満員電車ともなればパーソナルスペースの侵略といっても過言ではない。


 不快指数ストップ高。


「早く駅に着けー……」などとぼやきながら電車の振動に揺られていると、



 

 ……さわ。



 

 何やらお尻に変な感触が。


 僕のお尻の触覚が、ジーパン越しに異様な圧力を感じていた。


「…………」


 思わず黙る。


 ……いや、まぁ気のせいだ。


 なんたって満員電車。こんな馬鹿げた密閉空間であれば誰だって手の置き所は困るだろう。僕の後方に陣取っている人がやむなく僕のお尻の近くに手を置いていても不思議はない。その手が何かしらの原因によって僕のお尻に押しつけられているとしても何の問題もない。まったく僕という人間は自意識過剰なのだ。たかだかこの程度のことで危機感を募らせるなんて。過去に三回痴漢にあっているからといって今回がその類だなんて……、



 

 ……さわさわ。



 

「…………」


 えーと、まぁ偶然だ。


 多分……。


 きっと……。



 

 ……さわさわさわさわ。



 

「……っ!」


 ……さすがに、三度目ともなるとちょっと抵抗してしまった。素早く右手を後ろにまわして誰とも知らぬ痴漢の手を掴む。同時に首だけで後ろを振り向き、いったい何処の誰だと顔を確認すると、


「あ……」


「あ……」


 僕と痴漢の声が重なった。


 ガタンゴトン。


 電車が揺れる。


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