お正月カプリッチオ3
「…………」
チーンとりんの音が脳内にこだました。
「まぁこうなるよね」
どうかって?
着物を着せられています。
女性用の。
場所は高級ホテルの会場を借りきってのスペース。
僕と華黒は女性用の華やかな着物を纏って酒奉寺主催の新年パーティに顔を出した。
僕と華黒はスタッフによって着物を着せられメイクまでさせられ、華黒に至っては黒髪を簪で纏めあげられている。
いつもと違うあの子にドキドキ。
「何で僕まで?」
という疑念はつきないけども。
当然華黒が黙っている筈もないので口を塞いだ。
唇で。
「あ……う……」
と真っ赤になって押し黙る。
良かれ良かれ。
良くないのはこっちである。
いい加減慣れてきたとはいえ女装は僕のトラウマだ。
四つに組めば蓋に閉ざした記憶が解放される。
あっはっは。
先述したように慣れてきてはいるんだけどね。
付き合い方と云うよりどう諦めるべきかの問題ではあるんだけど。
「うん。愛らしいね真白くん。朝日に輝く露の煌きさえ君の前では色褪せる」
「平常運転ですね先輩」
「うむ」
しっかと首肯する昴先輩に、
「…………」
ジト目を向ける華黒だった。
そんなことで痛痒を覚える繊細さを先輩が備えている筈もなかろうけども。
実際メイクした際、僕も僕を見たけどまぁ美少女だったね。
元より性別を間違えて生まれてきたのかと思いもする。
実母である白坂撫子の遺伝子を存分に受け継いでいるらしい。
白坂百合さんの話によればね。
「さて……では行こうか真白くん」
「どこへ」
「良いところ」
パチッとウィンク。
「嫌な予感しかしないんですが」
既に煮え湯を飲まされているのにこれ以上があってたまるか。
そう言っても、
「まぁまぁ」
と押し切られた。
「華黒くんは適当にパーティを楽しんでくれたまえ」
「私がついて行っては不都合が?」
「ああ」
いっそさっぱりと昴先輩は言った。
「それを私が許すとでも?」
殺気が放たれる。
が、昴先輩はどこ吹く風。
「別に取って食おうなんて思ってないよ。少しは信用してくれないかな?」
「兄さんはそれでいいんですか?」
「良かないけど一応パーティに参加してるんだから付き合うのも義理かなって」
「むぅ」
「大丈夫」
僕は自分の人差し指に舌を絡ませて唾液を塗り付けると、華黒の唇に押し付けた。
間接ディープキス。
「僕が一番好きな女の子は華黒だから」
「……っ」
それだけでしおらしくなる華黒だった。
可愛い可愛い。
「さて」
昴先輩は自然に僕の手を取った。
「それでは行こうか」
そう言って広い会場の主賓席方向へと歩き出す。
僕は、
「…………」
無言でパチッと華黒にウィンク。
「我慢して」
の合図だ。
伝わったらしい。
ジュース片手に壁の花となる華黒だった。
僕は(見た目)美少女だ。
そして昴先輩も美少女だ。
で、あるためパーティ会場の参加者の人目を引いた。
「…………」
多分百合百合に思われていることだろう。
心底不本意だけど仕方ない。
と、
「お前もよくやるなぁ」
一人の男子が声をかけてきた。
「どうせ姉貴の強制だろうが付き合う必要もあるまいよ」
酒奉寺統夜。
僕と華黒のクラスメイトで、僕の唯一の男友達だ。
着ている服はスーツ。
それがまた昴先輩と同じ設計図で生まれた統夜によく似合っていて格好良かった。
「ある種、可憐だな」
「皮肉にしても辛みが強すぎないかい?」
「純粋に褒めただけだ」
喜ぶべきなのかどうなのか。
わからないので沈黙を選んだ。
「姉貴は何をするおつもりで?」
「挨拶」
「ああ」
それだけで統夜には納得できたらしかった。
できれば僕にもわかるように言ってほしかったのだけど。