外伝:その言葉は3
「真白様とのデートは……どう為されるのですか?」
「死ぬ」
端にして要を極め能う。
「死ぬ……」
どこか現実味を覚えないような、亨の言葉。
「自殺ですか?」
「にゃー」
この場合は肯定。
「そうですか」
ひたすら凪だった。
亨の態度と言葉は。
「止めにゃいにゃ?」
スマホカシカシ。
「何が正しいかなんて私には分かりませんから」
――お嬢様が追い詰められるなら、救済は何処にあるのか?
それは長らく亨のテーゼらしかった。
「真白様にソレを見出したのですか?」
「にゃ」
彼ならキッと応えてくれる。
死にたい。
正確には生きていたくない。
死も生も……どちらも私には怖いのだ。
生老病死とはよく言ったもの。
生きること死ぬことも、同時に苦界の因業だ。
「それにしても」
嘆息。
「道連れにされて真白には言い迷惑だにゃ」
「真白様はお優しゅうございますので」
「ホントソレ」
オンソジリシタソワカ。
「具体的に心中の方法は演算されているので?」
「飛び降り」
それは少し伏線を張っている。
「そうですか」
「亨は優しいにゃ」
「畏れ入ります」
慇懃に一礼。
私はデカフェの紅茶を飲む。
美味い。
死ねば味わえない生者の特権だ。
心残り。
生の後ろ髪の引かれ方。
「御霊安んじられればいいのですけども」
本気で自殺を止める腹も無いようだ。
決心が鈍ると嫌なのでありがたい。
そこまでわかっての言動だろうけど。
アメリの大学院卒業の身だ。
在る意味で、知性の高位。
「私ではお嬢様を救えなかったのですね」
「だにゃ」
それは確か。
別に救って貰う義理も無い。
金銭で雇った使用人だ。
それを亨は自認しているだろう。
立場が危うくなるのは承知のはずだろうけど。
「寂しいモノですね」
零すように笑みが落ちた。
血彩の瞳の忍び笑い。
「ごめんにゃ」
「お嬢様は悪くございません。悪徳は世界の方でしょう」
私の弱さには言及しないようだ。
そも自分に出来ない事を他者に強要する人間じゃ……亨は無いけど。
「真白様はお応えくださるでしょうけど」
「そこは私も心配してにゃいにゃ」
「華黒様。ルシール様。黛様。あちらはどうでしょう?」
「ライバル」
的夷伝纏子は、真白が好き。
それはかしまし娘も同じだろうけど。
「では気合いを入れておめかししませんと」
「デートだからにゃ~」
ソレが終われば、強制送還……に行く前に決着が着くんだけど。
「亨には迷惑掛けっぱなしだったにゃ」
「いいんですよ。如何様にもお使い潰しくださいませ」
「そういうところがにゃ」
「ふふ……」
クスリと笑われた。
「…………」
嘆息。
その血の色を見ると、鮮やかな生への温度を感じる。
「……む」
息が漏れた。
「と……お……る……」
久しぶりに使った言葉は、どこか不器用で錆び付いている。
「お嬢様……」
亨は目を見開いていた。
然もあらん。
今まで封じ込めていたのだから。
意味がないから喋らなかっただけで、たしかに言葉は私と共にあった。
そもそも言語思考が人間の能力にはある。
「ごめん……」
喀血を覚えそうな労力だった。
「いいんですよ」
気負いも自負も屈託も無く。
ただ私のためだけに亨は笑えるのだ。
「お嬢様は死んでも私のお嬢様ですから」
「ありが……とう……」
どこか軽い言葉なのは……勘弁して欲しい。