外伝:その言葉は1
白坂から距離を取る様に言われたのは事実。
私こと的夷伝纏子は、確かに迷惑な存在だ。
「みゃ~」
結ったおさげを弄る。
「お嬢様は宜しいので?」
亨が心配げに尋ねる。
宜しくないよ。
少し考える。
自傷癖。
私の病気だ。
正確にはそのフリ。
言葉の無力さを私は知っている。
あらゆる物事が通じないなら……喋る気力さえ、ごっそり持って行かれる。
だから私は言霊の具現を嫌う。
意味がないことをしない。
抗議行動の意味も在るけど。
「最後にデートをするにゃ」
スマホのラインで亨に言葉をかける。
「楽しんでくだされば、と」
血色の瞳が慈しみに包まれる。
こんな私に根気強く付き合ってくれるだけで、白井亨は特別なのだろう。
「…………」
スッとカミソリを取り出す。
「駄目ですよ」
分かってはいる。
既にパフォーマンスの領域だ。
「亨から見て真白はどうにゃ?」
スマホカシカシ。
ラインを送る。
「……ふむ」
しばし思案し、
「危ういですね」
何の遠慮も無く血を流す。
ゾクリと悪寒を覚える男の娘だ。
「…………」
天ぷらを食べる。
亨のおでんは秀逸だ。
「ちょっと畏れるのも致し方ないか……と」
「みゃ~」
完全に同意。
けれど、だからこそ、真白は私に応えてくれる。
その確信があった。
何をどう……と言われると根拠もないものだけど。
「結局やり過ぎてしまったのでしょうか?」
それもある。
亨のフォローにも限界はあるだろう。
白花様が憂慮するのも自然の帰結。
けど……ちょっと遅い。
すでに絡め取っていた。
卵を食べる。
ダシの染み込んだ一品。
「デートならおめかししませんとね」
「みゃ~」
ふと華黒を想起する。
有り得ないレベルだ。
それは認める。
濡れ羽色の髪は、艶やかで一分の隙も無い。
乙女に輝く瞳と、彫刻のような御尊顔。
左右対称の美貌を花弁のような唇が色を添える。
あっちはあっちでどうかしている。
こっちを見る目には、敵意以上の何かがあった。
義妹。
恋人。
そう聞いているけど……多分それ以上に何かある。
異常。
「何が?」
と問われても返せないけども。
「おでん美味しいですか?」
「ばっちりにゃ」
スマホカシカシ。
「宜しゅうございました」
「亨の料理はいつも絶品」
「光栄です」
穏やかに笑う。
血彩の髪が揺れて光った。
「面倒くさい立場でゴメンにゃ」
「気にしておりませんので」
本当か嘘か判断の付かない言葉だった。
責められていないのは読み取れたものの。
「みゃ~。良い使用人にゃ」
「恐縮の限りにございます」
ダイコンをハムリ。
ホロリと口内で崩れる。
うむ。
美味し。
ついつい箸が進む。
今度のデートには意図がある。
「ソレが何か?」
少し……というか、かなり畏れざる能わず。
「…………」
言葉に出来ないのは、自業故か。
人のせいにするのは、たしかに十八番だけど。
私の顔が曇っていたのだろう。
「如何されました?」
亨がこっちを覗き込んでくる。
茶と赤の視線が交わされる。
「みゃ。ちょっと考え中」
「下手の考え休むに似たり……ですよ」
「下手て」
「器用で無いのは、お嬢様も自認するところでしょう」
そうだけどにゃ~。
南無八幡大菩薩。