カルネアデスの板の罪4
僕の壊れ具合を目に耳にして、
「こいつとなら共有できる」
と思ったのだ。
「だから聞きたかった」
纏子は言葉を止めない。
今まで封印した分を使い尽くす勢いで言葉を紡ぐ。
「真白は世界を憎んでいないの?」
「疎ましくは思っているよ」
「やっぱり」
「しょうがないんじゃない?」
「うん。その気持ちはよくわかる」
わかられちゃったかー。
ちなみに瀬野二の校舎に侵入した僕と纏子は三階の教室に来ていた。
そのベランダに出て、纏子が僕を真摯に見る。
「真白」
「何?」
「私のことどう思った? 辟易した?」
「まさか。愛らしいとさえ思った」
嘘じゃない。
あまりのストレスに晒されて言葉を封じ込めた少女。
そに肩入れしなければ嘘だ。
「そっか」
「そうです」
「じゃあ真白」
「何でがしょ?」
「私と一緒に死んで」
「どうやって?」
言われなくともわかるけどね。
ここは三階の教室のベランダ。
飛び降りるには十分な高さだ。
「私はもう生きることに辟易している。救われないことはわかっている。だから私の人生にピリオドを打ちたい」
「その気持ちはわかるよ」
「だけど一人で死ぬのは寂しい。だから真白? 一緒に死んでくれる?」
僕が死んだらどうなるだろう?
華黒は後追い自殺をするだろうか?
白花ちゃんは香典を包むだろうか?
昴先輩は悼むだろうか?
ルシールは泣くだろうか?
黛は悲しむだろうか?
でも……それより何も……、
「いいよ」
目の前の生きることを嘆き悲しむ女の子を見捨てることは出来なかった。
例え僕がいなくとも纏子は自殺するだろう。
弱者の言葉が蔑にされるこの世の中では生き難い性格なのだろう。
だから死ぬ。
まっこと自然だ。
でも一人は寂しい。
だから僕を選んだ。
なら僕はそれに応えるだけだ。
絶望した少女の心添えになるならこれ以上は無い。
そう云う風に僕は出来ている。
必然、僕は纏子の手を握っていた。
「うん。行こうよ」
ギュッと握る。
悴んだ纏子の手が震える。
「本当にいいの?」
「そっちから言ってきたんでしょ?」
「でも死ぬんだよ?」
「いいよ」
僕は優しく言った。
「纏子の言葉は何処にも届かないわけじゃないって教えてあげる」
「…………」
「纏子の言葉は誰にも届かないわけじゃないって教えてあげる」
「…………」
「纏子の言葉は……」
「言葉は?」
「僕にだけは届くんだって教えてあげる」
「届いたの?」
「届いたよ」
「ひかないの?」
「ひかないよ?」
「人生が終わるんだよ?」
「それで纏子がしがらみから解放されるならそれもいいさ」
「華黒と会えなくなるんだよ?」
「知ったこっちゃないよ」
それが僕の歪み。
僕は海に浮かぶ木片。
カルネアデスの板だ。
纏子を救うために華黒を切り捨てる。
目の前の女の子の心を安んじるために離れた女の子の憂慮を踏みにじる。
「僕は……そういう風に出来ている」
「真白……」
「だから安心して」
きっと……、
「きっと纏子は救われる」
きっと……、
「きっと死によって救われる」
きっと……、
「きっとこれ以上は生きていられない」
だから……、
「これ以上苦しむことはないんだよ?」
ギュッと泣いてる小さな女の子を抱きしめる。
「嬉しい。ありがとう」
「うん。だから寂しくないよ。僕も一緒に逝ってあげるから」
優しく言葉をかける。
自身なぞ勘定に入れない。
だから躊躇いは無かった。
足場を崩して重力に捕まる。
地面に激突して死ぬまで十秒もいらなかった。




