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超妹理論  作者: 揚羽常時
カルネアデスロマンス編
260/298

カルネアデスの板の罪3


 デートはした。


 夕食もとった。


 時間は午後九時。


 とっぷりと日が暮れて。


「…………」


「みゃ~」


 僕と纏子は瀬野二……僕たちの通っている瀬野第二高等学校に来ていた。


 真っ暗闇だ。


 日曜日でも部活はあるだろうけど今は先述したように午後の九時。


 生徒のいようはずもない。


 教師すらいないだろう。


 いるのは警備員くらいかな?


 そんな中で校舎の奥まった場所に僕と纏子は立っていた。


 真っ暗闇の冬の夜に包まれながら僕は問う。


「こんなところで何するの?」


 至極真っ当な意見だったろう。


「校舎に侵入するんだよ」


 纏子はそう返した。







 ――言の葉で。




「……は?」


 ポカンとしてしまう。


 ラインによるメッセージではない。


 メールによる文章でもない。


 纏子の口から、


「校舎に侵入するんだよ」


 という言の葉が紡がれた。


「話すこと……出来たの?」


「出来ないなんて言った覚えはないよ」


「失語症だと聞いたんだけどな」


「ま、色々あってね」


 つらつらと言葉を紡ぐ纏子。


 困惑する僕。


 そして纏子は奥まった校舎の片隅でガラス窓を取り払った。


 ガコンと小さな音がして窓が外れる。


 トイレにつながる窓だった。


「侵入するの?」


 問う僕に、


「そのためにここに来たんだよ真白」


 纏子は平然と答えた。


 コスプレだけど瀬野二の制服を着ていることは確かだ。


 警備員に呼び止められても厳重注意で済むだろう。


 しかして纏子の意図がわからない。


 ともあれヒョイヒョイと学校に侵入する纏子を追って僕も夜の瀬野二に侵入する。


「真白は私の過去を知ってる?」


「ある程度は白花ちゃんに聞いたよ。家に刻苦勉励を強要されて言葉を封じ込めたって」


「五十点」


「さいでっか」


 低空飛行だ。


「私は勉強が大嫌い」


「僕も好きじゃないけどね」


「だから嫌だって両親に言ったんだ」


「…………」


 …………。


 あー……。


 何と言ったものか……。


「勉強が辛いよって叫んでも伝わらなかった」


 だろうね。


「厳しいよって言っても通じなかった」


 だろうね。


「悲しいよって話しても聞いてもらえなかった」


 だろうね。


「だから……」


「だから訴えることの意味を……言葉にすることの意味を見失った……と?」


「うん」


 コクリと頷かれる。


「真白ならわかってくれると思ってた」


「まぁ気持ちはわからないじゃないからね」


 自分を捨てた僕には自分を封じ込めた纏子の気持ちは手に取るようにわかった。


 きっと纏子は言葉で救いを求めて。


 きっと纏子は言葉で同情を求めて。


 きっと纏子は言葉で安らぎを求めて。


 きっとその言葉のことごとくが届かなかったのだろう。


 言葉で伝わらないこともある。


「甘えるな」


 その一言で哀願は切って捨てられる。


 それがどれほどの苦痛か。


 僕は良く知っている。


 だからそれはとても地獄で。


 だから言葉に意味が無く。


 だからどんな哀惜も慟哭も。


 却下された。


 破却された。


 否定された。


 もう言葉の通じない纏子には自殺の真似事をして狂っている様に見せつける他に選択肢はなかった。


 そしてそれ故に壊れた人間と云うレッテル張りが為され、見限られた。


 それはなんと愚昧で。


 それはなんと蒙昧で。


 それはなんと盲目で。


 だから……なんて……愛らしいんだろう。


 胸をつく。


 そんな言葉が似合うほど纏子の心的外傷は同情を呼ぶ。


 そりゃ言葉を無価値と断じるに躊躇いは無いだろう。


「だから私は壊れたふうを演じなければならなかった。リスカして。失語症を装って。そうやって壊れた人間を演じなければならなかった」


 壊れた人間。


 僕は華黒を顧みる。


 生憎と僕自身は顧みられないからね。


「壊れた人間はどこか歪だ」


 そう思う。


 だからきっと纏子は僕に惹かれた。


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