『それはつまり恋ゆえに』2
「でもさ。それで僕の邪魔が入らないまま華黒が告白を受けたら君たちどうするの? 彼氏ができちゃったらファンクラブもないと思うんだけど……」
昴先輩みたいに複数恋人を作るならともかく。
「それならそれでいいのであーる」
「ひ、姫が一人を選ぶのなら僕らはその恋路を応援するだ……」
「おー、ご立派ご立派」
両手が拘束されてなければ拍手の一つもしてたところだ。
「で、本音は?」
「付き合った奴は極刑に処すんだな」
「ですよねー」
人間そうそう潔くはなれないものです。
「でも誰とも付き合ってほしくないならなんで僕を拘束するの? 邪魔してもらったほうが都合がいいんじゃない?」
「それとこれとは話が違うのであーる」
「そ、そのことについて親衛隊内で話し合っただ……」
「結果、姫への恋愛は平等かつ誠実であるべきということになったんだな」
「……変なところで男らしいね、君たち」
「そういうわけで姫の告白イベントが終わるまで真白君にはここにいてもらうのであーる」
「無駄だと思うけどねー」
僕は溜息をついた。
聡明……奥ゆかしさ……僕以外の人間には華黒がそういう風に見えていることは十分わかった。
でも、それはやっぱり錯覚だ。
僕にとって華黒は、狭量で……自分本位で……猫かぶりで……、
「というわけだから……華黒、もう入ってきていいよ」
「わかりました。では遠慮なく……」
そういって部室のドアが錆びた蝶番の軋む音ともに開き、華黒が部屋に入ってきた。
「「「ひ、姫……!」」」
三人がおののく。
僕も驚いた。
「あれー、けっこうブラフだったのに……本当に扉の前で待機してるとは……」
「まぁ私としましても兄さんがさらわれて何事かと思いまして。少し静観させてもらいましたけれど」
互いの合意が無いかぎり華黒が僕を見失うわけない……か。
本当によくできた妹だことで。
華黒はぐるぐるに縛られた僕を一瞥した後、メガネとガリとデーブにニコリと微笑んでみせた。
「それで? そこのお三方? 私の私の私の兄さんにいったい何をされてらっしゃるので?」
「「「う……」」」
面白いように三人がたじろぐ。
「あらあら兄さん。そんなにひどい扱いを受けて……いったい誰がこんなひどいことを……」
「「「う……」」」
「私の兄さんがこんなことになってしまって……私、犯人を嫌いになってしまいそうです」
「この件を提案したのはこいつであーる……!」
「き、貴様……! ぼ、僕だけ悪者にする気だ……!?」
「我輩は関係ないんだな……!」
見苦しい責任の押し付け合いが始まった。
「き、貴様だって積極的に賛同しただ……!」
「き、君! 何を世迷言を言うのであーるか……!」
「我輩は関係ないんだな……!」
見苦しい責任の押し付け合いが続く。
華黒は悲しそうに目を細めてうつむいた。
「けれど、正直に自分の罪を認めない嘘つきは……私、もっと嫌いになってしまいそうです……」
「「「我々が悪うございましたーっ!!!」」」
「……悪女め」
三人に見えない角度でニヤリと細く笑う華黒に、僕はそうとだけ呟いた。
で、先までのあくどい笑顔をさっぱり消して爽やかな笑顔に切り替えやがると、華黒は三人に微笑んだ。
「まぁ、自分の罪を認めるのですか?」
「「「申し訳ありませんでしたーっ!!!」」」
「まぁまぁまぁあらあらあら……」
「華黒、わかってるだろうけど……」
「もちろん、こんなことで怒ったりしませんよ。お三方とも顔を上げてください。私、嫌いになったりしませんから」
「本当であーるか……?」
「ええ、もちろんですよ。お三方とも、私のためを思ってしてくれたんですよね? そんな人たちを憎めるわけないじゃないですか」
「なんと優しい心の持ち主であーるか……!」
「め、女神だ……!」
「天使なんだな……」
華黒の優しさに感動するメガネとガリとデーブを、僕は呆れながら見つめた。
「落とすだけ落として持ち上げる……典型的な洗脳だね……」
タチの悪い……。
「でも私の兄さんにこんなことされては困ってしまいます。解放してもらえませんか?」
「「「マム! ただちに、マム!」」」
一斉に敬礼すると、三人は僕を縛るロープをあっという間に解いてしまった。
解放される僕。
華黒が嬉しそうにニコリと笑う。
「ありがとうございます。もうこんなことはしないでくださいね」
「「「マム! イエス、マム!」」」
「……結局僕は何のために縛られたんだろうね」
貧乏くじだ、まったく……。
*
で、学校からの帰り道。
華黒はプリプリと怒っていた。
「まったく! 何なんですか、あの人たちは。私の私の私の兄さんにあんなことを……!」
「今頃怒られてもね……」
「だって、あの三人の前で怒るわけにはいかないじゃないですかっ」
「そういう猫かぶりは尊敬するよ、本当に」
「茶化さないでください!」
「茶化してないよ……」
はぁ、と溜息をついてしまう。
「それにしても……僕を探しにくるまでが早かったね。告白、どうせ靴箱に手紙が入ってて屋上に呼び出されるパターンだったんだろうに。もしかしてあんまり時間かけなかったとか?」
「ああ、それですか。すっぽかしました」
「……はい?」
「ですから、すっぽかしました」
あー、えーと……、
「……君ね」
「あ、ちゃんとフォローはしておきましたよ? その辺りは大丈夫です」
「フォロー?」
「ええ、何か私に言いたいことがあるなら明日の昼休みに教室で聞きます、と手紙に書いて相手の靴箱に入れておきました」
「まったくフォローできてないと思うよ、それ……」
昼休みの教室でクラスメイトに囲まれたまま華黒に告白できる奴がいるなら見てみたいものである。
「でもですね、兄さん、冷静に考えてみてください。人の靴箱に手紙を入れて場所を指定してくるというのも考えようによってはとても失礼なことだと思いませんか? 自分は用件を手紙で済ませているのに相手には顔を出すように強制しているのですよ? ですから手紙に対して手紙で返す今回の私の処置はフェアなものだと思うのです」
「理屈としてはそうだろうけども……」
いくらなんでも相手が可哀想だ。
「それに兄さんがいないんじゃ相手にするのもめんどくさいですし」
「華黒、そっちが本音でしょ……」
「ええ」
「…………」
ま、いいんだけどさ。
「けれど、私と兄さんを引き離すだなんて……そんなことを考える人がいるんですね……」
「まぁ基本的に僕が華黒への告白の邪魔をしてるってことになってるから」
統夜がいうところの反兄派って人たちの仕業だろう。
「みんな少しでも華黒への告白の成功率をあげたいんだよ。妹がこんなに愛されてお兄ちゃんは感動です」
「兄さん以外の人に告白されても否以外の答えは用意していないのに……」
「それでも手を伸ばしてしまうんじゃないかな。それだけ華黒は魅力的だから」
「……っ! そ、そういうことをさらっと言うのはずるいです……」
「え、なんで?」
「いえ、そんな兄さんだからいいんですけど……」
ぷぅっと膨れっ面になりながら華黒がぶちぶちと呟く。
僕には何が何だかわからない。
「でも、そうですね……。恋路のために手段を選ばないあの姿勢は見習うべきところがあるかもしれません」
「あ、すっごい嫌な予感……」
「というわけで、ていっ!」
掛け声一つ。
華黒は僕にとびついてきた。
胸元から両腕、背中にかけてを華黒の両腕がぐるりと囲む。
つまりは抱きつかれたわけで。
「華黒、歩きにくい……」
「えへへぇ……兄さんの匂い……」
どんな匂いなんだか、いったい……。
「このまま家まで帰りましょうか」
「勘弁してください」
僕はカクリとうな垂れた。