優しさに流れる血3
「兄さんの馬鹿」
「悪かったって」
「兄さんの馬鹿」
「この通り」
「兄さんの馬鹿」
「キスしてあげよっか?」
「兄さんの馬鹿」
「う。通じない……」
「当たり前です!」
憤懣やるかたないと華黒だった。
ちなみに今、保健室です。
纏子のリスカを止めるにあたって力加減を間違えて剃刀を握ったものだから、学食の生徒たちがドン引きする程度には出血してしまった。
で、保健室へ直行。
華黒が消毒後の包帯の施術をしているという顛末。
華黒は泣いていた。
ブチャイク顔だ。
とはいえソレは僕にだからこそ言えることで、傍目にはハラハラと涙を流している繊細な美少女と云った様だけど。
「申し訳ありません真白様」
謝ってきたのは白井さん。
「…………」
あうあうと纏子。
「………………あう」
ルシーるルシール。
「出来ればこれ以降、的夷伝先輩にはお姉さんに近づいてほしくないのですけど……」
ジト目の黛。
お前が言うなって話なんだけどね。
「それは無理です」
白井さんはいっそ清々しく拒否した。
「お嬢様が真白様を諦めない限りわたくしは全霊を以てお嬢様をフォローします」
「それでお姉さんの血が流れても?」
「そうです」
遠慮も気負いもそこにはなかった。
白井さんはただ、
「かくあるべし」
というだけのことをしているに過ぎない。
「仮に真白様に拒否されたらお嬢様のリスカはもっと酷くなりますよ?」
「それは駄目」
これは僕。
「兄さん!」
非難する華黒に、
「気持ちはわかる」
思ってもいないことを口にする。
なるほど。
こういう状況を見越していたのか昴先輩は。
相も変わらず聡い人。
「…………」
飼い主を見失って途方に暮れる子犬のようなシュンとした落ち込み具合を見せる纏子に、
「傍に居ていいからね?」
安心させるように言う。
「…………」
パッと纏子の表情が華やいだけど、
「駄目です!」
「………………駄目」
「駄目っすね」
かしまし娘は非難轟轟。
けれども、
「傷つく人を僕は見たくない」
そういうことだった。
それは僕の業だ。
華黒を助けるために僕は自分を捨てた。
僕は僕を勘定に入れられない。
で、ある以上、人が傷つくのを放置は出来ない。
それがエゴによって形成されたものでも。
それが心傷によって形成されたものでも。
否。
そうであるからこそ纏子を見捨てることは出来ない。
まして僕が見捨てれば纏子が更に自分を追い込むともなれば尚更だ。
「君たちの意見は却下」
「兄さんに傷ついてほしくないんです!」
「………………お兄ちゃん……」
「だからってお姉さんが代わりに傷ついては本末転倒っすよ?」
「かと言って纏子を追い込むわけにもいかないでしょ?」
「お姉さん……。その言動がお姉様を追い込んでるっす」
耳が痛いなぁ。
「そうです!」
便乗したよ……。
「兄さんは私の気持ちも考えるべきです!」
「考えてるけどなぁ」
「なら態度で示してください!」
「可愛い可愛い」
頭を撫でてやる。
「あう……じゃなくて!」
「じゃなくて?」
「纏子に優しさを分けないでください!」
「無茶言わないでよ……」
「兄さんは兄さんの歪みを自覚すべきです!」
簡単に出来るならこんな状況に陥ってないんだけどなぁ……。
「お嬢様を排斥する気ですか?」
剃刀の様に切れる赤い瞳で白井さん。
「当然です! 纏子が傍に居ればこのようなことは幾度も起こりえます。そうである以上自重してください!」
「とのことですが……」
「…………」
「無理だそうです」
纏子リンガルの白井さんがそう言った。
何だかなぁ。