天敵論1
「…………」
目が覚めた。
まだまだ冬休み。
「ふぅ」
吐息をつく。
部屋は暖かくされているから白い息は出なかった。
ベッドに寝転んだまま隣を見やる。
華黒が静かな寝息をたてていた。
それはそれで趣があったけど刺激が強いのも事実で。
ちなみに今日の華黒のパジャマは着ぐるみ猫さんパジャマ。
可愛い。
言葉にはしないけどさ。
「さて……」
コキコキと首を鳴らす。
冬の一番寒い時間。
即ち早朝。
華黒でさえ起きていない時間に僕は起きたことになる。
まれにこういう日はある。
そしてだいたいこういう日は、
「平常運転か」
と相成る。
僕は優しく華黒の腕を解きほぐし、代わりに抱き枕を絡ませて、「むにゃ」と心地よく眠る妹のリアクションにクスリと微笑む。
「くあ」
欠伸をして寝室を出た。
キッチンで牛乳を一気飲み。
静かに寝室……私室に戻り、着替えを確保するとダイニングに。
パジャマからコート姿に着替えて、
「行ってきます」
とアパートを出た。
カチャリと施錠を忘れない。
ついでに書置きも。
「今日は一人にしてね」
と書いたメモをダイニングテーブルに置いておいた。
とはいえどうしよう?
そんな思案をしながら駅へ。
二駅先の都会への切符を買う。
「結局こうなる、か」
ガタンゴトンと電車に揺られる。
吊革につかまって早朝出勤のサラリーマンたちと並んで。
「…………」
さわさわ。
「…………」
なでなで。
何とも愛らしい表現ではあるけど電車と云う空間においては話が別だ。
何より、
「さわさわ」
と、
「なでなで」
は僕のお尻で発生している。
撫でられているというか……痴漢されている。
まぁね。
確かにね。
僕は外見だけなら美少女だ。
華黒曰く、
「儚げな桜の面影があります」
とのこと。
華奢で線が細くて並みの美少女より美少女らしい男の娘。
自認はしていないけど納得はしている。
元よりそうでなければ華黒と出会えてなかったのは……何だかな?
さわさわ。
なでなで。
……うーん。
男の尻を触って何が嬉しいのだろう?
そういう問題じゃないのは先述したけど。
さわさわ。
なでなで。
そろそろ警察に突き出すか……。
そんなことを思って僕のお尻を擦っている手を掴もうとした……、
「…………」
次の瞬間、
「乙女に痴漢を働くなんて紳士じゃないね。あなたは……」
事件は勝手に解決した。
僕の意図とは無関係のところで。
振り向く。
背後には二人の関係者がいた。
一人は中年サラリーマン。
一人はツンツンはねた茶髪の美少女。
後者は名を酒奉寺昴と云う。
昴先輩は濃緑のコートを着てジーンズを穿いている。
のはどうでもいいか。
おそらく痴漢なのだろう中年サラリーマンの手首を掴んでいた。
「現行犯逮捕だね」
「何を言っているんだ君は」
中年サラリーマンは空っとぼけるけど、生憎相手が悪い。
「私の子猫ちゃんに不届きを働いたのは既に確認している。言い訳は署でね」
「冤罪だ」
「ということだけど真白くん? 本当かい?」
「いいえぇ痴漢されました」
「だとさ」
前科のある昴先輩に言う資格があるかは難しい所だけど。
そんなわけでサラリーマンさんは警察に突き出された。
痴漢を体験した僕。
痴漢を目撃した昴先輩。
現行犯逮捕である。
なんやかやで警察に付き合っていたら時間は昼を過ぎていた。
「ん~」
背伸びなんかしてみる。
一人の人生を壊したわけだけど罪悪感は湧いてこない。
「先輩、助けてくださってありがとうございました」
「何。自分のモノに不逞を働かれるのが見過ごせなかっただけさ」
何時から僕は先輩のモノになったんだろう?
ツッコんでも意味が無いから言わないけどさ。
「それよりお昼にしよう。ちょうど都会で行きたかったレストランがあったんだ」
「星いくつですか?」
「二つ」
「そんな高級レストランに入れるような金も服装も用意していないんですが……」
「気にするな」
無茶言うな。




