新たな隣人6
「ふい」
僕は小さく唸った。
シャワー千両。
お風呂万両。
華黒に頭と体を洗ってもらって、それから僕はお風呂に浸かった。
包帯を巻かれた左手を湯船につけるわけにもいかないので「肩まで」とはいかないんだけど。
それから華黒が自身を洗い、お風呂に入ってきた。
「…………」
僕に重なる形で。
ちなみに水着着用です。
保護者の方は安心してください。
とまぁ馬鹿な言葉は置いといて、
「華黒さ~ん?」
「……何ですか兄さん」
「なんだか華黒さん……気配がささくれ立っている気がするんですけど……」
気のせいかな。
少なくとも僕のことを、
「好き好き~」
ってオーラが夕食時から擦り減っているような気がする。
「考え事をしているもので」
端的な、それが華黒の回答だった。
「言わないとわかんないよ?」
嘘だ。
だいたいわかってはいる。
けど華黒の口から聞くことに意味がある。
「………………兄さんは」
多少の躊躇を見せながら華黒は言を紡ぐ。
「あいあい?」
「今、発症してますか?」
「いいえ」
「左手は痛いですか?」
「そこまで」
「…………」
「華黒さん?」
問う僕に華黒はピタリと肌を触れさせてきた。
水着を着ていると言っても、水着は水着だ。
しかも超を付けてもまだ足りない不世出の完成系美少女華黒と触れ合っているのだ。
いくら僕が紳士とはいえ堪忍にも限度がある。
とはいえ華黒が僕に『愛してますアピール』をしないと生きていけないことも重々承知ではあるんだけどさ。
そしてその通りなのだろうことを悟るのはあまりに簡易だ。
「兄さん?」
「なんでがしょ?」
「兄さんは口をすっぱくして私に言ってますよね?」
「愛してるなんてそんなに言ってるかな?」
「睦言を兄さんが出し惜しみしていることは知っています」
だろうね。
「ではなんじゃらほい?」
「華黒は百墨真白以外にも視線をやれと」
「それが華黒の欠点だからね」
「私も言いましょうか。兄さんはもっと自分を見てください、と」
「…………」
うん。
まぁ。
そうなんだけど……。
チラリと包帯の巻かれた左手を見る。
「華黒怒ってる?」
「当たり前です」
ですよね~。
「私が世界に対して壊れたように兄さんも自分に対して壊れています」
「…………」
「兄さんは私に兄さん以外も見るようにと言いますが、それはあまりに一方的な言い方だと思います。世界に対して壊れた私が世界に向き合うことを強要するのなら、兄さんだって自分に壊れた障害に対して向き合わなければフェアじゃありません」
一分一厘反論の余地が無い。
「私は兄さんさえ傍にいれば世界が滅んでも問題視しません。兄さんが自分を見ないというのなら私だって世界を見ない権利を持ちえます」
……そうだけどさぁ。
「友達を作った方が人生有意義だよ?」
「統夜さん以外に友達の出来ていない兄さんに言われたくありません。私は上っ面でも猫被りでもクラスメイトと交流をはかっています」
「この場合は知人じゃなくて理解者のことを言ってる」
重要なのは量じゃなくて質だと思うんだけどな。
「私の理解者は兄さんだけで十分です」
愛情定量論者。
「兄さんは私だけを見ていればいいんです」
そういうわけにも……。
左手に巻かれた包帯。
そして必然として見えてしまう左手首の深い傷跡。
僕と華黒とを決定づけた傷だ。
後悔なんてしていない。
懺悔なんか必要ない。
負い目を覚えることもない。
責任の所在も明らかじゃない。
スピッツの『ロビンソン』という曲にこんな歌詞がある。
「誰も触れない二人だけの国」
そして僕と華黒は互いに視界を補完する。
真白の見えない真白と世界の見えない華黒。
状況的には華黒が不利だけど、それでも僕らはこれまで上手くやってきた。
華黒のいうこともわからないじゃないんだ。
専門医からも言われている。
「自身を勘定に入れろ」
と。
それには華黒も同意見だろう。
というかそれだけが華黒の唯一の心配事。
「もっと心配事を他にも増やせ」
という僕の意見は、僕が歪みに克服しない限り空虚に堕すると華黒は言っているのだ。
「ごめんね」
僕は濡れて重くなった華黒の綺麗な髪を撫ぜた。
「でもこれが僕だから」
「知ってます」
問題は山積してるなぁ……。




