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超妹理論  作者: 揚羽常時
カルネアデスロマンス編
230/298

新たな隣人3


 辟易していると、




「失礼しますお嬢様」




 血のような艶やかな赤が視界に飛び込んできた。


 自傷した的夷伝さんの血……ではない。


 そも、噴血するほど深くは切っていない。


 ジワリとにじむ程度の可愛い出血だ。


 切られた手首にはいっそ鮮やかに治療された。


 血のように赤い美少女によって。


 血の雨を浴びたかのように危うく揺れる赤の色彩。


 ルビーをはめ込んだような脆くも尊い赤の色彩。


 赤髪に赤眼。


 着ている物は白と黒のツートンカラーメイド服カチューシャ付き。


 メイドさんはこれあるを察していたのだろう……素早い判断で的夷伝さんの出血した手首にガーゼを当てて包帯を巻いた。


 使用人。


 とっさに浮かんだのはそんな単語。


「…………」


 的夷伝さんが一歩下がる。


 とは言っても玄関口から通ずるアパートの廊下はそんなに幅が無いため一歩の後退も間を開けるには十分だ。


 代わりに鮮血色の美少女がルビーの瞳を閉じて慇懃に一礼した。


「お嬢様が失礼しました。わたくしは的夷伝纏子お嬢様の専属使用人を任じております白井亨と申します。お嬢様ともども真白様、華黒様の城の隣に越してきた者です。袖擦り合うも他生の縁。隣り合う者として親しくさせてもらえれば恐悦の極みでございます」


「……はあ」


 あまりの饒舌にポカンとするより他は無い。


「…………」


 この沈黙は僕と華黒と的夷伝さんと白井さんのモノ。


「あの……」


 口を開いたのは意外にも僕だった。


 自分でもビックリだ。


「白井亨さん……救急車呼びましょうか?」


「心配は恐縮ですが心安んじてくだされば、と。お嬢様にとってリスカは挨拶のようなものです故」


 それもどうよ?


「それから真白様におかれましては白坂本家の直系でありますれば……分家たる的夷伝の、そのまた使用人に対して敬語は必要ありません。どうぞ呼び捨ててくださいまし」


 気が向いたらね。


 僕が的夷伝さんの怪我の心配をしていると、今度は華黒が口を開いた。


「聞き捨てならないことを言いましたね……」


 何よ?


「隣に越してきた?」


「はい」


 白井さんの即答。


「お嬢様と僭越ながらわたくしは隣に越してきました。刻が来ればわかりますが今年からお嬢様とわたくしは瀬野第二高等学校の生徒にして真白様および華黒様のクラスメイト……ということに相成ります。隣人として、それから学友として、親しくしてくだされば恐悦の極み」


「…………」


 三学期。


 転校生。


 クラスメイト。


 的夷伝纏子さん。


 自傷癖かつ失語症。


 白井亨さん。


 使用人……というかメイド。


 厄介事の予感しかしないんだけど……。


「あえて聞きますが……」


 華黒の眼は炯々とギラついていた。


 漆黒の瞳はぶれずに来訪者たちを打ち据える。


「何が目的で転校を? 必然を必然足らしめる理由があるのでしょう?」


 ……聞きたくないなぁ。


「お嬢様が切に希望するやためです」


「的夷伝さん?」


「…………」


 失語症故に黙して語らない的夷伝さん。


「お嬢様に答えを欲するには手順が必要です。とりあえず今日はこちらに越してきた挨拶として引っ越し蕎麦を用意させてもらいました。真白様と華黒様を夕食へ招待したいのですが如何でしょう?」


「…………」


 華黒はチラリと僕を見る。


 意図は察しえた。


「ま、肉じゃがはまた今度でいいんじゃない?」


「しかし兄さん……この人たちは……」


 その憂慮は痛いほどわかる。


「でも知らなきゃ始まらないし」


 クシャッと華黒のきめ細やかな黒髪を撫ぜる。


「招待されましょ」


 ということになったのだった。


 的夷伝さんと白井さんの部屋は僕らの部屋以上に遠慮なく暖房が効いており、どてらを脱いでよそ行き用に着替えた僕でさえ寒さを感じることはなかった。


 ダイニングテーブルには四つの椅子が。


 その内の一つだけ作られた空席の人間……白井さんがキッチンに立ってカモ蕎麦を料理していた。


 残る三つの席に座った僕と華黒と的夷伝さんは白井さんのふるまってくれたコーヒーを飲みながらスマホの番号とアドレスを交換していた。


 的夷伝さんは失語症だ。


 それは精神的な理由で思念を言語化できないだけであって言語思考そのものに欠損が無いこととイコールである。


 故に現代ツール(ぶっちゃけスマホのライン)を通せば文化的交流は計れる。


 で、三人でラインにログインして会話をした。


「それで? まだ答えをもらっていませんでしたが何ゆえ兄さんと同じ学校に転校してきて尚且つ兄さんの隣に引っ越してきたんですか?」


 答えを言ったも同然だろう。


 嫌な予感はいつでも当たる。


 特に僕や華黒みたいな人間にとっては星の巡りのようなものだ。


「みゃ~。真白様に一目惚れしたからだにゃ」


 そんな的夷伝さんの返答。


 ふざけてるのかなこの子は?


「無論白花様を差し置くわけにはいかにゃいんだけど私も真白様の傍に居たいにゃ」


「それについては光栄だけど親御さんは何も言わなかったの?」


「瀬野二は進学校だから説得もしやすかったにゃ」


 にゃるほど。


「先に言っておきますが兄さんの精神も肉体も私の物です。細胞の一つまで的夷伝さんに提供できるモノはありませんから」


「みゃ~。百墨華黒は欲張りだにゃ」


「私と兄さんの縁はそれほどまでに強固なのです」


 呪いとも言うけどね。


「だいたい一目惚れということは兄さんの本質を理解しないで、その美貌にだけ価値を見出しているのでしょう? そんなものはあの男と同じく唾棄すべき価値観です」


『あの男』……ね。


「にゃら百墨華黒は違うと?」


「華黒で構いません。私も兄さんも纏子と呼びます」


 まぁ呼ぶに吝かじゃないけどさ。


「私にとって兄さんは代替が効かず兄さんにとって私は必要たるべき存在。故に私たちは生きていけるのですから」


「みゃ~?」


 さすがに僕と華黒の背後までは洗っていないらしい。


 まぁ知られても耳汚しになるだけだから別にいいんだけどさ。


 関係を深めればその内耳にも入るだろう。


 僕や華黒から情報が出ることはないけど、皮肉にも白花ちゃんは事情に精通している。


 そちらから漏れないという保証はない。


 僕が『あの男』と白坂の混血である以上避けられない業だ。


「お待たせしました。カモ蕎麦です。」


 白井さんが人数分のカモ蕎麦を用意してくれた。


「ともあれこれからよろしくにゃ」


 そんな文章に対して答えを返すのも億劫で、僕と華黒は箸をとった。


 追記……白井さんのカモ蕎麦は美味しゅうございました。


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