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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
23/298

『憲法第二十四条』2


 僕と昴先輩が同時に声のした方へ向く。ちなみに華黒は眉間を押さえてうな垂れていた。


「昴様、こんなところにいらしたんですね!」


「おや、穂波君じゃないか」


 惚けたように昴先輩がその声の主の名前を呼ぶ。穂波、と呼ばれた女子は当たり前だがこの学校の生徒だった。センター分けのボブカットをした平均身長の女の子。よほど焦ってここまで来たのだろう。息が荒れている。


「どういうことですかっ!」


「何のことだい?」


「今日は私と明日美とデートする日だって仰ったじゃないですか。なんで急に取り止めたんですか!?」


 どうでもいいけど職員室の前で声を張り上げないでほしい。


「急じゃないよ。昨日のハーレムで既に伝えたはずさ。ああ、そういえば昨日穂波君はハーレムに来なかったね」


「それは……だって……昴様とデートだから服を買いにいっていて……」


「ふふ、いじらしいね。私のために綺麗になりたかったのかい? でも君はもう十分に美しいよ」


 先輩が穂波さんのおとがいを優しく人差し指で持ち上げた。


「昴様……」


 うっとりとして昴先輩の瞳に魅入られる穂波さん。


 うーん、バックに薔薇が見える。


 僕の錯覚だろうか。


「せっかく……せっかく昴様とデートができるはずだったのに、こんなことってないです」


「ああ、悲しまないでおくれ私のキティ。君への愛は確かなものなのに応える事ができないなんて……私だってもどかしいのだよ。私に体が三つあれば一つは君に接吻し、一つは君を抱擁するだろう。けれども私に体は一つしかない。とりとめのない万象のしがらみで拘束されることは私にだってどうすることもできないのさ。どうか聞き分けておくれ」


「はい、昴様。でも次の時こそは……」


「ああ、約束するよ。君を悲しませはしないと。さ、もうお行き。私といても空しくなるだけだよ」


「必ずです。必ず可愛がってくださいね?」


「ああ、必ずだとも」


 約束するよ、と呟いて昴先輩は穂波さんを見送った。名残惜しそうに先輩を見つめながら離れていく穂波さんに投げキッスのサービスまでした後で、彼女はようやくこちらに視線を戻す。


「ていうか何の寸劇ですか。昴先輩、自重してくださいよ」


「可愛い娘が時を選ばず私を求めるのなら、私も場所を選ばず応えるだけさ。真白君に何を言われる筋合いもないよ」


「そりゃそうですけど……」


 困っちゃって頬を掻く僕。華黒が溜息を一つついて僕の手を握ってきた。


「こんなアホウに何を言っても無駄ですよ兄さん」


 グイと僕の手を引っ張る。


「早く帰りましょう? 私、先ほどから気分が優れません」


「それはいけないね華黒君。よし、私が保健室まで送ってあげよう」


「必要ありません。食べられるとわかって虎穴に向かう馬鹿はいませんから」


「そんなつもりはないよ。これは私の真摯な愛さ。何かしらの見返りや損得を期待しているわけじゃない」


「可愛い女の子と見るや手当たり次第に手篭めにしてしまう安売りの愛に興味はありません。あなたが保健室……いえ、病院にいって性同一性障害を治してもらってきなさい」


「私は男を気取っているつもりはないのだけれど。ただ美しい女の子が好きなだけさ」


「そうですか。生憎ですが私は同性愛差別主義者ですので」


「それはいけないね。全ての愛に貴賎がないことを理解しなければ」


「誰も彼もを恋人にしている人間に愛がどうのと言われたくはありません」


 ちなみに昴先輩の恋人は複数人いる。その全員が同性だ。先輩を中心としたハブ型恋愛相関コミュニティをハーレムと呼称し、彼女らは先輩のことを「昴様」と呼ぶのだ。この学校の常識である。


 ……よく考えると常識か、これ?


「恋人の数と愛の深さに因果関係があるわけでなし。私の愛がハーレムの彼女らに対して不誠実だと思われることは心外だね。私の彼女たちへの愛は全て本物さ」


 昴先輩は自信満々に言い切った。


「愛とは世に最もたるエンターテイメントだよ。人はそれが無くても死にはしないけれど人はそれ失くしては生きられない。無償の喜び。至上の潤い。愛以上の満足など存在しないことの証明のために人間たちは愛し合う。例え私に恋人が何人いようとも華黒君への愛は真摯で純粋なものだと確信しているのだがね?」


 すらすらとまぁよく言えたものである。


 半ば感心しているそんな僕と、それからあからさまな敵意をもって昴先輩を睨めつける華黒。


「残念ですが私とあなたでは意見に相違があるみたいですね」


 そう僕の妹は言った。


「愛は世に公認された差別です。想い人を絶対へと、以外の者を等しく無価値へと変える極めて能率のいい差別」


 昴先輩を擁護するわけではないけれど、君の意見も極端だね華黒。


 ……まぁ、らしいといえばらしいけど。


「愛が差別とはね。それは悲しいことではないかな」


「いいえ。むしろ複数のものに価値を置くから世俗にまみれて苦しむんですよ。たった一人を愛することで自身の欲求が完結するのなら、これは悟りにも似た高尚な思考だとは思いませんか? “あなたがいれば他に何もいらない”なんて言葉、とても正気とは思えませんけど……でも、全くその通りなんです。幸せに生きる方法というのは欲を抑えつけることでも欲に溺れることでもなく欲の矛先を絞ること、これに尽きます。その最たる例として愛が存在し、愛が差別だというのは“そういうこと”なんですよ」


 華黒は握りあった僕の手を自分の方へと引っぱると、一度離して今度は両腕をからめるように抱きついてきた。


「わ、華黒?」


 腕に抱きつかれた僕の疑問はさらりと無視して、さらに言葉を紡ぐ。


「別にあなただけではありませんよ。私は一人を除いた全ての他人を差別していますから。別にあなただけではありませんよ。私は一人を除いた全ての他人に価値をおいていませんから。別にあなただけではありませんよ。私は一人を除いた全ての他人を愛することがありませんから。その一人以外の誰にも心を許さないことがその一人に対する愛の証明と私は本気で思っていますよ?」


 僕に抱きつく華黒の両腕にぎゅっと力が込められる。


「…………」


 めんどくさいので僕はノーコメント。


「やれやれ」


 昴先輩は、肩をすくめて息を吐いた。


「華黒君の思考は神を盲信するエデンの住人のようだ。さしずめ私は知恵の実を喰らわせようと謀る蛇なのかな?」


 ああ、それはいい例えだ。


「知恵の実を食べないとエデンの外に出られないというところも華黒らしいといえばらしいですね。ナイスな比喩です昴先輩」


「兄さん!」


「あ、はい……なんでもありません。あはは……」


 腕をしめつけられて日和る僕。我ながら情けない。


「それで? 言いたいことはそれだけですか? 私と兄さんはこれから愛の巣に帰らないといけませんからあなたなどに構っている暇はありませんよ」


 愛の巣て。


「ああ、そうだねえ。それならば愛の語らいは華黒君の部屋ですることにしよう。なにぶんここでは人目につきすぎるし……ね」


 人目につかないところで何をする気ですかレズ会長。


「ていうか、ついてくる気ですか」


「冗談だよ。華黒君と別れるのは名残惜しいけれども口説くのはまた今度にしておこう。義務を捨て置いて華黒君を優先したらデートを断った穂波君に申し訳ない」


 生徒会長の義務には申し訳なくなどないみたいな言い方である。多分本気でその通りなのだろうけど。


「それでは、ね、百墨兄妹。運命があるのなら、また今度」


 ひらひらと手を振って昴先輩は職員室へと消えていった。


 ピシャリとスライド式のドアが閉められる。


「…………」


「…………」


 一時の沈黙。


「……嵐が去った」


 僕は知らず額の汗を拭っていた。


「多分次に会ったときは運命が私たちを云々とか言ってくるだろうね……」


「まったく、毎度の事ながら不愉快な女です」


「こらこら、仮にも先輩にそんなこと言わないの」


「年経ただけの人間など敬意の対象にはなりません」


「あれで昴先輩は才人だから敬えるはずなんだけど……」


「その分人格が破綻しています。同性愛なんて、まったく非生産的な……」


「そうかな? それだけ華黒が魅力的だってことじゃない? 昴先輩は面食いだし、つまりあの人のお眼鏡にかなうってことはそれだけのことだと思うよ」


「兄さんにそう言ってもらえることは至上の喜びなのですけどね。兄さん以外の人間に愛されたところで煩わしいだけです」


「まぁ、華黒はそうだろうねえ」


 視界が欠落しているのだから。


「よくも統夜さんもあんなのと姉弟でいられるものだと感心しますよ」


「…………」


 まぁたしかに。


 他人の身内を貶めるのは失礼ながら、昴先輩を姉に持つのは僕も勘弁したい。


 統夜、苦労してるんだろうなぁ……。


 哀愁。


「ま、いいか」


 僕は感傷を三秒で打ち切った。


 話題を変える。


「それで華黒、話を戻して晩御飯の件だけど……」


「私を食べてくれるのではないのですか?」


「…………」


「…………」


「……昴先輩に食べられてしまえ」


 とりあえずそうとだけ言っておいた。


 放課後のチャイムが鳴る。


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