お正月カプリッチオ5
「「「「「お帰りなさいませお嬢様」」」」」
使用人さんたちが列を為し一斉に一礼して白花ちゃんを出迎えた。
「使用人さんたちに正月休みは無いの?」
単純な疑問だった。
「これでも屋敷で働いてる使用人の数は少ない方だよ?」
さいでっか。
獅子堂さんもその内の一人かな?
ちなみに屋敷の中は完璧に暖房が行き届いていた。
コートを脱ぐ。
と、
「真白様、上着をお預かりします」
使用人の一人がさりげなく僕の腕からコートを奪った。
どうも。
「そちらの……」
華黒の名を知らぬ故に困惑する使用人に、
「百墨……百墨華黒だよ」
白花ちゃんがフォロー。
「百墨様、上着をお預かりします」
「ありがとうございます」
灰色のコートを使用人に預ける華黒だった。
ところで僕が、
「真白様」
と呼ばれ、華黒が、
「百墨様」
って呼ばれてることに若干の違和感が。
もしかしてこの屋敷の住人にとって僕こと真白の、白坂への帰順が既成事実の予定と化しているんじゃあるまいな……。
怖くて聞けないけど。
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
使用人の一人が尋ねてくる。
「私は緑茶」
「僕も」
「私も緑茶で」
よどみない僕らだった。
そして僕たちは白花ちゃんの私室へと向かう。
「ところで」
とこれは華黒。
気後れしない辺りはさすがだ。
「なぁにクロちゃん?」
「白坂は名家と聞きましたがその御曹司が正月に安穏としていていいんですか?」
「だって、ねぇ?」
白花ちゃんは肩をすくめた。
「私はまだ小学生だし」
理屈だ。
「一通りの応対は出来るけど子どもの出る幕じゃないってのが本音。親戚一同や白坂本家および分家は迎春大会で出払ってる。お母様もね」
百合さんか。
「元旦の年取りはしたけどそれ以降は大人の時間って奴」
「ですか」
華黒としても一定の理解はしたらしい。
「で、何ゆえ兄さんを呼んだのです?」
「特に意味は無いよ」
これを真顔で言うからね。
使用人が淹れてくれた緑茶を湯呑ごと与り、僕らは会話を続ける。
「お兄様に白坂の人間であることを自覚してもらいたいってのもあるけど……」
「兄さんは私が養います」
ちょ~ひもりろ~ん。
「なんならクロちゃんも白坂になれば?」
「どうやって?」
「簡単だよ? お兄様が白坂に帰順してクロちゃんを愛人にすればいい」
本妻って言わない辺りが何だかな……。
「兄さんと結婚するにあたって苗字はなんでも構いはしませんが……」
「だってよ? お兄様」
「緑茶が美味しいな~」
現実逃避する僕だった。
華黒と白花ちゃんと昴先輩のかしまし娘は僕と結婚する気満々だ。
華黒とルシールと黛のかしまし娘は僕に抱かれる気満々だ。
どうしたものかね。
このシンメトリカルツイントライアングルは。
現実の一つや二つや三つほど逃避したくもなろうと云うものだ。
「とまれ」
暴走にはブレーキを。
「まだ先の話をぐちぐち言ってもしょうがないでしょ?」
「兄さんがハッキリしないから白坂白花が調子に乗るんです……」
「お兄様の心を溶かすのに時間がかかるのは否定しませんが……」
僕の何がそんなにいいんだろう?
僕より恰好よくて優しい男の子は他にもいるよ?
「わかっていませんね……」
「わかってないね……」
二人に嘆息されてしまった。
と、コンコンと白花ちゃんの私室の扉にノックの音が鳴って、
「畏れ入りますお嬢様。的夷伝様が参りました」
そんな使用人の声が聞こえた。
まといでん?
「通して構いません」
「了解しました」
そして使用人の足音が遠ざかる。
「まといでんって誰?」
「白坂の分家。本名は的夷伝纏子」
「まといでん……まといご……」
「白坂の分家の一つたる的夷伝の元後継候補者。今は違うけど。たしかお兄様やクロちゃんと同じ学年だったはずだけど」
なら友達に成れるだろうかと考えていると、また扉がノックされた。
「入っていいよ纏子ちゃん」
白花ちゃんに遠慮は無かった。
扉が開かれる。
入ってきたのは一人の美少女。
茶色い髪は括られておさげになっており、同じく茶色の瞳には愛嬌が宿っていた。
着ているのは和服の着物。
「…………」
的夷伝のお嬢様は無言で白花ちゃんの私室に入り、僕と華黒とを見た。
視線が交錯する。
次の瞬間、的夷伝は懐から剃刀を取り出してリストカットを実行した。
「……ええ?」
僕と華黒は状況についていけなかった。