『クリスマスキッス』8
というわけで、
「あ~あ」
校門前にデンと待っていたリムジンに乗せられて、僕たちは酒奉寺屋敷に向かった。
正直良い思い出は無い。
初めて来訪した時は華黒と諍いがあったし、その次は黛による拷問だ。
これで警戒しなければ嘘ってものだけど、せっかくのクリスマスを血で汚すようなことはないだろう。
……多分。
一抹の不安を拭い去れない辺り業が深いけど、ね。
そんなこんなで酒奉寺屋敷。
少女たちは、
「準備があるから」
と屋敷の奥の部屋へ誘われた。
ドレスで着飾るのだろう。
着替えや化粧の最中に昴先輩にセクハラされる……に百万円と世界一周旅行ペアチケットを掛けたっていい。
とまれ今日は楽しいクリスマスパーティ。
まして酒奉寺家主催ということもあって政治家や財界人まで来るという話だ。
暇人どもめ。
……と云いつつ状況に流されている僕に他人の事は言えませんね。
さて、
「じゃあ真白、こっちだ」
統夜が僕をとある一室に案内する。
そこにはスタッフと衣装とがあった。
「あー」
何と言うべきか……。
「そういうの要りませんから」
辞退しようとした僕の首根っこを引っ張って、統夜は無理矢理に僕にタキシードを着せた。
姿見で自分を確認しながらぼやく。
「僕こういうの苦手なんだけど」
「ま、クリスマスパーティでくらい格好つけろよ。学校制服じゃ浮くだけだぜ?」
「統夜はそうだろうけど実際僕は庶民だし。パーティでは厳密じゃないけど壁の花になる気満々なんだけど」
「白坂の御曹司が良く言うぜ」
「今の僕は百墨真白だよ」
「悲しいこと言わないでよシロちゃん」
答えた声は、
「…………」
統夜のモノではなかった。
というか僕を、
「シロちゃん」
と呼ぶ人間を僕自身は一人しか知らない。
そっちの方向を向くと可愛らしいボブカットのドレスアップした幼女がいた。
「えーと……」
「久しぶりシロちゃん。楠木南木だよ」
先回りして釘を刺された。
どうやら今日の彼女は、
「楠木南木」
らしい。
「…………」
しばし沈思黙考。
僕はナギちゃんを指差して統夜に質問した。
「いいの?」
「何が?」
「酒奉寺と白坂の家とは仲が悪いんじゃなかったっけ?」
「お前が言うか」
「言うんだよ」
「結論から言って今日の彼女はナギちゃんさ。どこぞの白坂何某とは別人だ」
酒奉寺がそれでいいならいいけどね。
「ナギちゃんはもう準備を済ませてるの?」
「シロちゃんたちより先に来たからね」
なぁる。
「シロちゃん?」
「なぁに?」
「お姫様抱っこして?」
「まぁ構いやしないんだけど……」
ピンクのドレスを着たナギちゃんをタキシード姿の僕が抱える。
「統夜は写真撮って」
「あいあい」
カメラを構える統夜。
何と言うべきか……。
振り回されてるなぁ僕。
「シロちゃん」
「何?」
「チュッ」
お姫様抱っこされたナギちゃんが僕の首に腕を回してほっぺにキスしてくれた。
そしてそのシャッターチャンスを逃す統夜ではない。
明確かつ致命的な証拠が地上に発生したことになる。
「華黒にばれたら流血沙汰なのわかってる?」
「単なるクリスマスキッスだよ」
「当人が満足なら僕はそれでいいけどさ……」
ナギちゃんの未来に幸福在れ。
心中十字を切る。
それがしたかっただけなのか、
「じゃあ会場で」
とナギちゃんは部屋を出ていった。
「これで真白に対するアドバンテージを得たわけだ」
「…………」
察する。
ナギちゃん……というか白坂白花ちゃんにとってはさっきのシャッターはクリスマスの思いでの一枚であるはずだ。
が統夜が握れば兵器になる。
華黒の暴走リミッター解除のキーとして交渉の材料になるわけだ。
底意地が悪いというかなんというか。
さすがに先輩の弟だけはある。
そんな統夜は僕同様にタキシードを着て珍しく茶髪をオールバックにしていた。
おお。
紳士が目の前に。
元より昴先輩と同じ設計図で出来ているのだから顔自体は悪くない。
タキシードにオールバックにすればそれなりの貫録がついてきていた。
「ちなみにお前用のドレスを姉貴が用意しているが?」
「勘弁」
両手を挙げて降参だ。
冗談じゃないね。
多分向こうは冗談のつもりでさえないのだろうけど……。