『クリスマスキッス』6
で、結局懸想文のことなんだけど、
「絞殺死体」
ということで間違いないんだろう。
「問題は……」
どうあっても拒絶は傷を生むということだ。
心から血が出るのならば誰しも傷つけ合うことはないのに。
言っても始まらないんだけどさ。
「気にしては始まりませんよ」
と華黒は言う。
真理だけど残酷だ。
「………………お兄ちゃんは……優しすぎる」
かっこ美少女に対してのみかっことじ、ね。
「黛さん的には博愛主義でもいいと思いますけど」
それは昴先輩の理論だ。
少なくとも僕と華黒の過去共有においてソレは全き意味の無い事柄だと断言せざるを得なかったり……。
別にいいんだけどさ。
「真白くんは私だけを見ていればいいのさ」
と言われてもなぁ。
……。
…………。
………………。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
唐突な第三者の声に僕らは状況を察しえなかった。
時が止まる。
プチッと音がする。
状況の認識から現実への回帰は一瞬。
反応は苛烈を極めた。
「きゃあああああああああああ!」
悲鳴が上がった。
華黒のモノだ。
「あー……」
だいたいわかって嘆息する僕。
華黒はダッシュで昇降口に一番近い化粧室へと特攻。
場には百墨華黒の代わりに……百墨華黒の背後をとって百墨華黒の背中、そのブラジャーのホックを服越しに外すという離れ業を見せた第三者が残った。
ツンツンはねた癖っ毛は統夜と同じ。
挑戦的に切れる瞳に不敵な笑み。
自信と自負に満ち溢れた美女。
その身を引き締めるのは艶のあるコートとビンテージジーンズ。
言わずと知れた酒奉寺昴がそこにいた。
毎度毎度華黒のブラジャーを外す人間が他にいるはずもないのだけど……。
「お迎えですか?」
「うむ。リムジンを待機させてある」
そりゃご苦労なこって。
今日がクリスマスイブなのは何度も言ったけど、実は今年のクリスマスイブは酒奉寺の屋敷で行なわれるパーティへの参加を予定に入れていることを補足する。
別段断っても問題ない案件だったのだけど、
「いざ」
という先輩の言葉に押し切られて僕と華黒とルシールと黛が参加することになった。
迎えが来るとは聞いていないけど。
「やあ真白くん。ルビーの瞳の君よ。君の輝きの前には大輪のバラさえ色褪せる。ヴィーナスとて道を譲るだろう」
僕のおとがいを片手で持ち上げながら先輩はうっとりと僕の瞳を覗き込む。
「おべんちゃらは結構です」
皮肉気に言ったんだけど、
「事実さ」
先輩の反応は苦笑だけだった。
元より何かに「まいる」ということをしない人間だ。
それくらいは認識していないと昴先輩とは付き合えない。
「さて、邪魔者は消えた」
華黒のことだろう。
いまだ僕のおとがいを持った先輩はクイと僕の顔を上方に傾かせて、自身の唇を僕の唇に重ねた。
「………………あう」
「やや!」
ルシールと黛が狼狽える。
「何をしてます?」
「クリスマスキッス」
「華黒が見てたら殺されてましたよ?」
「大丈夫さ。罪を犯せば隔離される。それは即ち真白くんとの乖離だ。で、ある以上華黒くんは酒奉寺に喧嘩を売れる立場じゃないよ」
ごもっとも。
閑話休題。
「パーティは夜でしょう? しばし迎えが早すぎませんか?」
「なに。ドレスや化粧には時間がかかる。これくらいがいい塩梅なのだよ」
さいでっか。
「ちょっと野暮用があるんですんで待ってくださることは出来ますか?」
「野暮用?」
「懸想文をもらったんですよ」
「ふむ。では早く済ませたまえ」
話が早くて助かるなぁ。
「………………酒奉寺先輩……ズルい」
「黛さん的には酒奉寺姉さんにはもうちょっと遠慮を感じてほしいのですけど」
「ふふ」
自信満々に微笑すると、
「可愛い妖精たちだ。愛するに十分な処女だが……接吻するかい?」
「………………嫌」
「お断りです」
「たとえそれが真白くんとの間接キスでもかい?」
「…………」
「…………」
そこで黙らないで。
そこで悩まないで。
「可愛い処女たちだ。聖夜の相手にふさわしい」
「………………真白お兄ちゃんじゃなきゃ……駄目」
「お姉さん以外に体を許す気はありませんよ?」
「ツンデレだね」
いや本心でしょ。
つっこむのも疲れるから言葉にはしないけど。
「さて……では君たち乙女を待つ場所へと向かおうじゃなぐふぇあ!」
昴先輩の声が途中で乱雑になったのは化粧室から舞い戻ってきた華黒のドロップキックによるものだ。
まぁ当然っちゃ当然だけど。




