『クリスマスキッス』5
「さて……」
終業式は終わった。
現時点を以て冬休み~。
そして今日は勉学からの解放と共にクリスマスイブまでついてくる。
浮かれ気分になるのは思春期の人間には必然とも言えよう。
僕は懸想文を取り出して、
「はぁ……」
溜息。
勇気と無謀は違う。
が、熱に浮かれてしまうのもしょうがない。
今日が聖夜を迎えるならば誰しも好きな人と時間を共にしたいというのは決して間違った理屈じゃないのだけど……、
「やれやれだ」
それは、
「告白される側にも言えることだ」
というのも理屈なわけで。
どうにもこうにもこればかりは。
「兄さん?」
華黒が近寄ってきて問いかけた。
ブラックパールの瞳に映るのは憂いのソレ。
まぁ僕が溜息をついたり「やれやれ」なんて言ってたら心配もするか。
原因の二十五パーセントは華黒にあるんだけどね。
「何か憂慮することが?」
とぼけないの。
「問答の余地なくわかるでしょ?」
「…………」
困ってる困ってる。
「別に切り捨てても構いませんし、無視することも心を守るためなら必要な作業と存じますけども……」
防衛機制って奴ね。
誰しもが通る道ではあるけど、
「古典理論とは少し違うけど」
フロイト先生を少しだけ否定しながら、
「この寒空の下でいつまでも待たせるわけにはいかないしね」
「兄さん?」
あ。
危ない瞳だ。
「なぁに?」
心中冷や汗をかきながら僕は問う。
「兄さんは私にだけ優しくしてくださればいいんですよ?」
「たまに思うんだけどさ……」
「何でしょう?」
「華黒も浮気とかしないの?」
「…………」
怒ってる怒ってる。
「言って良い事と悪い事があったね」
よしよしと華黒の頭を撫でる。
「いつまでもそれで誤魔化されるとは思わないでください……!」
「じゃあ機嫌を取るだけ無駄だね」
頭を撫でるのを止める。
「うう……」
怒りたいけど怒ったら僕が冷めていく。
そんな二律背反の葛藤が華黒を苦しめていた。
それはつまり、
「まあ僕が必要ってことか」
ということであり、
「それ以外の選択肢が有り得ない」
という視野狭窄でもある。
高校の卒業までには何とかしたいけど、はてさて。
ともあれ今は精神的茨姫の呪いを解放するのが責務だろう。
「華黒……」
「……何ですか?」
「ごめんね」
チュッと軽くキスをする。
「…………」
僕はニコニコ。
「…………」
華黒はポカン。
一秒。
二秒。
三秒。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
真っ赤になって華黒は狼狽することしきりだった。
うんうん。
やっぱり僕の妹は可愛いなぁ。
「ななな! 何を!」
「クリスマスキッス」
ウィンク。
後の投げキッス。
男がやるもんじゃないけどね。
そしてソレが様になる辺り業が深いというべきか出生に問題ありというべきか。
多分両方。
「兄さん!」
「なぁに?」
「大好きです!」
「僕もだよ」
「フライングボディハグ!」
華黒は僕に飛びつき抱きしめてきた。
いいけど今朝それを敢行しようとした黛を止めたのは誰だっけ?
衆人環視の視線が痛い。
ある種公然の事実だから仕方ないけど申し訳なさも立ってしまう。
僕らのクラスにとってこの光景はもはや必然だ。
が、今回ばかりは抗議がきた。
「あーっ! お姉様ズルい!」
こんなことを言うのは黛に決まっている。
「………………あう」
廊下の扉からこっそりこっちを覗いているルシールも憂鬱そうだった。
いっそ僕が死ねば色んな人間が僕から解放されるんじゃないか?
そんなことすら考えてしまう。
多分後追いする人間も出てくるだろうからそれはそれで問題なんだけどね。
「お姉さん? 黛さんとルシールにも適切な処置をお願いします」
「僕よりいい男なんて幾らでもいるよ?」
「謙虚は時に嫌味ですよ?」
さいでっか。