『エピローグ。そして、』2
ベロチュ~。
そして爽やかなミントの香り。
僕は覚醒した。
咳き込みながら。
「………………おはよう華黒」
「おはようございます兄さん」
屈託なく笑う、華黒だった。
ディープキスも、ミントの錠剤の口移しも、
「なんとも思っていない」
そういう態度だ。
「もうちょっと穏便な起こし方は無いの?」
「兄さんが起きないのが悪いんじゃありませんか」
「そうだけどさ」
反論できなかった。
駄目だなぁ僕。
「なら素直に起きろ」
と言われれば、それまでだけど、朝の微睡は黄金に勝る。
これは常世界法則だ。
真理である。
「ルシールと黛は?」
「今日も来ていませんよ」
さいでっか。
ここ二週間は、顔をあわせない日々が、続いていた。
おかげで華黒は、ご機嫌だ。
ライバルがいない、と云うのは、華黒の心理に多幸感をもたらす。
僕を独占できるのが、素直に嬉しいのだろう。
こういうところは可愛いと思える。
口にはしないけど。
「くあ……」
と欠伸。
そして質問。
「今日の朝御飯は?」
「白米と納豆と雌株と松茸のお吸い物です」
「よかれよかれ」
僕は頷く。
そして華黒に手を引かれて、ダイニングへと顔を出す。
朝食が揃っていた。
僕は、口内のミントの香りを、コーヒーで追い出して、それから朝食に手をつけた。
「いただきます」
と一拍し、もふもふと食べる。
「どうですか?」
「美味しいよ」
いつものやりとり。
「なんだか一年生の頃に戻ったみたいだね」
「あの頃から相思相愛でしたしね」
「…………」
否定はしない。
というか出来ない。
「なんだかなぁ」
というのが本音だ。
去年のことは、あまり思い出したくない。
楽しい記憶じゃないからだ。
いつか郷愁を誘うような思い出になるかもしれないけど……そこまで風化するには今はまだ時間が短すぎる。
というわけで、
「今が大事」
が僕のモットーだ。
さて、
「ご馳走様でした」
一拍。
犠牲への感謝を。
それから僕と華黒は、制服を纏って、身支度を整える。
全てを終えて……とは言っても華黒の身支度が八割を占めるのだけど……僕と華黒は玄関から外に出た。
そこで、
「おや……」
「これは……」
僕と華黒は、声を漏らした。
ちょうどルシールと黛も、外に出てくるところだったからだ。
鉢合わせ。
次の瞬間、バタン、と、隣の部屋の玄関の扉が、閉じられた。
ルシールと黛は、
「百墨真白の顔を見たくない」
という共通見解を持っている。
つまり逃走だね。
「しょうがないよね」
ガシガシと後頭部を掻く。
「に・い・さ・ん?」
「何?」
「今日も二人きりですね」
「ソウデスネー」
華黒は、僕の右腕に、抱きついてきた。
そのまま仲睦まじく、登校する。
妬み嫉みの視線は、慣れたものだ。
今更、華黒をはべらせて、穏当に済むなぞ思ってもいない。
華黒は、恋文をもらったり、告白されたりすることも、多々あったけど、その全き全てを、けんもほろろにするのだった。
もちろん僕も巻き込んで。
相も変わらず、僕は瀬野二の嫌われ者だ。
いいんだけどさ別に。
全ての人間に好かれようなんざ望んでいない。
わかる人間だけがわかればいい。
「ご愁傷様だな」
教室に入ると、統夜が苦笑してきた。
「まぁ……贅沢な悩みだよ」
僕も苦笑で返す。
「何かあったか?」
「色々ね」
少なくとも、仔細を話すほど、野暮じゃないつもりだ。