『エピローグ。そして、』1
「マジ?」
「ええ」
そんなやりとり。
それだけじゃ納得できないけど、開幕パンチに他の言葉は選べなかった。
現在……僕は白坂の屋敷に来ていた。
ハイヤーで送り迎え。
ブルジョアジー……。
そして提示されたモノを見て、
「マジ?」
と僕が尋ね、
「ええ」
と白花ちゃんが頷いたのが、先ほどの経緯だ。
今日は土曜日。
時系列的に言えば、文化祭から二週間後のソレだ。
それは同時に、僕が黛から拷問を受けて、二週間経っていることと同義である。
目立たない様にだろう(無論加害者側の一方的な気配りには違いないのだけど)太ももに刺された針の痕はまだ癒えていないし……同様に剥された爪もまだ完全には治りきっていない。
とはいっても、時間が解決してくれる問題だから、重視してはいない。
恨み言が無いと言えば、嘘になるけど、目くじらをたてるほどでもない。
当然、華黒には検閲だ。
ともすれば、黛どころか、原因となったルシールまで巻き込む、流血沙汰に発展しかねない。
本気でやりかねないからなぁ……うちの妹は……。
少なくとも、僕を発症させたというだけで、ソイツは華黒にとって大罪人だ。
あるいは人非人だ。
僕を傷つける、あらゆる要素や因果が、華黒にとっての最大の敵。
そを守るために、僕を愛し慈しむのが、華黒という女の子のレゾンデートルなのである。
閑話休題。
華黒の危険性はともあれ、今は黛について考えるのが優先される。
とは言っても、僕はただの高校生。
裏のとりようもない。
しょうがないから頼ったのが白坂家だった。
借りを作ることになるけど、これはしょうがない。
よほど無茶を提示されないかぎり、応えるつもりで僕は頼った。
何を?
黛の背景の洗い出しを。
過去の詮索。
おせっかい。
なんと呼んでもいいけど、ともあれ裏付けだ。
そして出てきた情報は、僕の想像の埒外だった。
白坂屋敷の客室にて、資料とお茶とを差し出され、ありがたく茶を飲みながら資料を検分し、それから理解するのに数分を要した。
「この情報……信用できるの?」
読み終えた資料をテーブルに置いて問う。
茶を飲む。
薫り高い。
フォートナム・メイソン。
そう聞いた。
よくわからないけど紅茶のブランドらしい。
よくわからないけど。
「ええ、おそらく」
白花ちゃんは、小学生らしからぬ断定的な口調で答えた。
元々名家の血脈というものは、帝王学を幼少の頃より叩き込まれる。
そういう意味では白花ちゃんが堂々としているのは、当然と言えば当たり前である。
ちなみに僕は白花ちゃんの従兄だけど、そんなものとは縁のない過去体験を送っている。
それについては別述。
閑話休題。
「白坂家の懇意にしている興信所に依頼しましたから」
白花ちゃんはフォローを入れてくれた。
「行方不明だったお兄様を探し出した興信所です。この程度は些事の内でしょう」
「ですか」
茶を飲む。
他に言い様がない。
「さて……」
これからどうしよう?
「それよりこちらが問いたいのですが……」
「何を?」
「何の経緯があって、この裏付けを取りたかったのですか?」
「…………」
鋭い子は嫌だなぁ。
素直にそう思う。
「色々あるんだよ」
他に答え様もない。
「実はその人物に拷問されまして」
「で、その理由が親友がどうのこうの」
「友情を優先させるために僕を傷つけたんですよ」
「何かしらの過去体験がそうさせてるみたいで」
「だから頼んだんだよ」
言うだけなら簡単だ。
ただ、それを言ったら、血を見ずには済まないだろうことも、重々承知している。
華黒の意思が烈火の如き赤い炎なら、白花ちゃんの怒気は青い炎だ。
淡々と遠慮もなく僕の敵を焼き滅ぼす。
そしてそれを容認できる僕ではない。
こういう時は『他者の害意に鈍感』というのは有利に働く。
別に手に入れたい能力じゃなかったけどね。
「ともあれ詳細はわかったよ。ありがと。白花ちゃん……」
「ではお兄様」
「うん。来年のお正月には白坂家に顔を出すよ。それが条件だもんね」
そういうことなのだった。
「もとよりお兄様は白坂の血脈です。それは当然の帰結です」
言い分自体は、わからないでもないけどね。
「もとより正月は古本屋の安売りセールくらいしか目的は無かったしね」
苦笑する僕。
「百墨の親戚には受けが悪いし。そういう意味ではやることがないから暇しているのは事実なんだけどさ……」
「やはりまだ帰順してはくれませなんだ……」
「僕は百墨真白だから」
他に言い様もない。
「むう」
白花ちゃんは不満げだ。
知ったこっちゃないんだけどね。