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超妹理論  作者: 揚羽常時
二年生編
201/298

『黒の歪み』6


 音をあげたのは、黛が先だった。


「なんでそんなに飄々としていられるんです……!」


「痛覚が働いていないからね」


 ぼんやりと、僕は言う。


「無痛症?」


「まぁある意味で」


 別に説明してあげる義理は無いけど、僕は言う。


「無痛症患者が最初に駄目にする器官は何だと思う?」


「……え?」


「歯……なんだよ。無痛症患者は力の加減がわからない。当然それは咀嚼力にも関係する。だから無痛症患者は噛む力の加減が出来ずに真っ先に歯を駄目にする。で、それを踏まえた上で僕の歯は健全だ。これがどういうことかわかるよね?」


「一時的なものと……そう言いたいのですか?」


「ご明察。僕はとある条件を満たすことで無痛症になることが出来る。だから拷問にすら耐えられる。当然感覚は無くなるけど、一時的なものだから別に不利益はないしね」


 肩をすくめるのも、手枷足枷では難しいけど。


「それより問題は君だよ。何故ルシールの想いを達成させるためだけに、酒奉寺家を巻き込んで、僕に拷問をするのか……。そに於ける動機がわからない」


 それだけがわからない。


 ルシールの親友と云うだけにしては、積極的すぎる。


「生涯を賭けるに足る想い……というのは、お姉さんはあると思いますか?」


「それには既に答えた」


「でも黛さんは裏切られた……」


「誰に?」


まゆずみ……薫子かおるこ……」


「……誰?」


「黛さんの最初の親友です。ともに生きようと……いつまでも仲良しだと……そう誓って……しかして裏切ってくれた存在です」


「もうちょっと深く話してくれる?」


「薫子は私の最初の親友で、親の都合上離れ離れになった友達でした」


「…………」


「ですから文通でやり取りをしていたんです。たとえ距離はあっても……親の都合によって引き離されても……それでも黛さんたちの友情は変わらない。そう言えるはずの関係でした。なのに黛さんは裏切られた」


「どんな風に?」


「薫子は最後の文通でこう綴ったんです。『もうこれっきりにしよう』と。それが黛さんにとってどれだけのことか……お姉さんにはわかりませんよね?」


 まぁね。


「傷心の黛さんが次に出会ったのがルシールでした。だから黛さんは誓ったんです。この友情を大切にしようって。今度こそ不変の友情を構築しようって」


「それとこの拷問とに何の関係があるのさ?」


「要するに、お姉さんがルシールに、愛を囁いてくれればいいんです。そのためだけに、黛さんは行動します」


「…………」


「ルシールの愛する人と結ばれる手伝いをする。それでこそ黛さんとルシールの仲は、強固になると云うものです」


「無駄に終わったけどね」


 嘆息する。


 つまり……なんだ……。


「ルシールとの友情を強固にするために、僕とルシールを恋仲にしようと……そうすることで黛は真の友情を勝ち取れると……そう思ったの?」


「他にないでしょう?」


 罪悪感もなく言ってくれる……。


「僕がおべんちゃらを言う可能性は考慮してないの?」


「それでも構いません。要するに友達として、ルシールの手伝いが出来ればそれ以上は望みませんから……」


「ですか」


 面倒くさい話だ。


 華黒が、


「自身と近似している」


 と言ったのもこうなれば納得である。


 華黒が自己を僕に仮託しているのと同義に……黛もルシールに自己を仮託している。


 それが愛情か友情かの違いでしかない。


 根が深いのは僕たちの方だけど、イカレ具合なら五十歩百歩だ。


「黛さんはルシールの親友で、だからこそルシールの幸せを追及する。そのためにはお姉さん……あなたの承諾が必要なんです」


「要するに……」


 黛は《生涯を賭けるに足る想い》をルシールに見出し、その手段として僕とルシールの仲を取り持とうとした。


 ルシールが僕と恋仲になれば、ルシールは黛に感謝するだろう。


 そうすることで、不変の友情が生まれる。


 少なくとも、ルシールと黛の仲においては。


 そんなところなのだろう。


「やれやれ」


 僕は嘆息する。


 根性がひん曲がっていることに関して、アレコレ言う権利は、僕には無いけど…………それにしてもこれは酷い。


「少なくとも……」


 僕は言ってやる。


「僕が華黒以外に愛情を注ぐことは無いよ。黛が何を以てルシールを支援しているかはわかったけど、暴力的なことに屈する僕じゃない」


 発症による、痛覚遮断もあるしね。


 黛は衝動的に、僕の太ももに針を刺した。


 無論、僕は感じなかったけど。


「なんでですか!」


 実際に聞こえなかったとはいえ、黛の絶叫は肌で捉えられる。


「ただ愛人として接すればいいと! 黛さんは言ってるだけじゃないですか! そんなことも出来ないんですか!」


「出来ない」


 きっぱりと僕。


「少なくともそんな都合のいい女に、ルシールをするわけにはいかない」


 それが結論だった。


「うう……ううう……!」


「ごめんね。でもそれが僕の本心だ」


 他に言い様がない。


 痛覚も聴覚も視覚も壊れた世界で、僕は慈悲を求める。


 だからこそ、黛の壊れ具合も、理解できる。


 そうして僕は解放された。


 拷問が通じない以上、当然の帰結だ。


「ごめんね」


 涙の止まらない黛を抱きしめて、僕はそれだけ呟いた。


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