『黒の歪み』5
「助けてって言えば助けてくれる?」
「助けてじゃ足りませんよ」
ど~するかな~。
嘆息する。
身動き一つできないので、他にしようがなかったのが事実なんだけど。
「そんなに僕とルシールを取り持ちたいの?」
「よくわかりましたね。エスパーですか?」
「いつもより皮肉が効いてるね」
「あっははは」
軽快に黛は笑った。
状況は最悪だ。
まさか黛が、ここまでするとは。
「では問いましょうか」
「何を?」
「お姉さん……」
「…………」
「ルシールと恋仲になってくれますね?」
「断る」
躊躇すら必要なかった。
即断即決。
少なくとも、そこに躊躇いは必要無かった。
「こうまでされて……まだそんな妄言が吐けるのですか?」
「ま~ね~」
いやらしく笑ってあげる。
「しょうがありませんねぇ」
はふ、と黛は嘆息した。
「形而下的に懇願するとしましょう」
そう言って、懐からスタンガンを取り出した。
「…………」
さすがに沈黙する僕。
「威力交渉のつもり?」
「ただの拷問です」
さいでっか。
「スタンガンを持ち出すほど?」
「少なくとも拷問にはピッタリですよ」
「気絶したら意味なくない?」
「大丈夫です」
ニッコリと黛は笑った。
「苦痛だけを与えて決して気絶できない電流と電圧に設定されていますから」
「…………」
ですか。
他に言い様もない。
バチバチ、と、電気の流れる音がする。
そのスタンガンを、僕の鼻先に突きつける黛。
「で? どうします?」
「とは?」
「ルシールと恋仲になってくれますよね?」
「…………」
僕は押し黙った。
なんと返すべきか。
それを迷ったのだ。
「ほらほら」
と、スタンガンを、ちらつかせながら、黛は迫る。
それを僕は《唇を読み取ること》で把握するのだった。
聴覚器官が、働いていない。
故に、自身の吐息さえも、聞こえない。
それでも僕は言った。
「断る」
次の瞬間、僕をショックが襲った。
スタンガンの適応。
それによる電気ショックと神経の麻痺。
「もう一度言えますか?」
そんな言葉を、黛は放つ。
無論、僕が唇を読みとっているだけなんだけど。
「断る」
再度、電気ショック。
しかして痛痒を覚えない僕。
「ふむ」
と、黛は、言ったのだろう。
聴覚が働いていないから、多分ではあるけど。
「スタンガンじゃ足りませんか?」
「まぁね」
飄々と僕。
《真っ赤》に染まった視界の中で、黛に向かって苦笑する。
それが、僕の全てだった。
「じゃあやり方を変えますか」
そう言って黛が取り出したのは、鋭利な針だった。
それも一本ではなく無数に。
「どこから持ってきたの……そんなの」
「酒奉寺姉さんの使用人に頼んで」
何だかなぁ。
「昴先輩は純情を好む」
それはわかるけど、だからってこれはやりすぎじゃないかな?
華黒に嫌われる覚悟を持っているのか……怪しいところだ。
別にいいけどさ。
「で?」
「とは?」
「その針で何をするのさ?」
「刺す以外に何があるんです?」
「だろうね」
嘆息する僕。
「してほしくないですか?」
「そりゃまぁ」
「ならルシールと恋仲になってくれますね?」
「断る」
次の瞬間、太ももに針を刺された。
もっとも《痛覚の働いていない》今の僕には些事に過ぎないけども。
スタンガンをちらつかされた辺りから、僕は“発症”している。
視界は真っ赤なフィルターを通したように映しているし、聴覚は悲鳴を聞こえないように押し黙っているし、痛覚はそれ自体が沈黙している。
黛は針で僕の体を刺したり、スタンガンで痺れさせたり、爪を無理矢理剥いだりして、苦痛を与えたけど、痛覚を遮断している僕には、何かしらの痛痒も与えなかった。
「……なんで」
驚愕する黛。
「なんで拷問に耐えられるんです……!」
言ってもしょうがないので、僕は黙っている。
というかスタンガンのせいで、舌が上手く働かない。
痛覚の遮断という“発症”を起こしているのだから、拷問に意味なぞないのだけど。