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超妹理論  作者: 揚羽常時
本編
19/298

『白の歪み』2


「やめてくださいよ……本当に……」


 ……むぅ。


 …………あー。


「……ごめん。僕が悪かった」


 そうだ。


 僕がナギちゃんを案じた気持ちと同じ……あるいはそれ以上に華黒は僕を案じたのだろう。


 ナギちゃんが僕に謝ったように、僕もまず真っ先に華黒に謝るべきだった。


「その……今回は無事だったから許してくれないかな、とか?」


「…………」


「駄目、かな?」


「……今回だけですよ?」


「うん。約束する」


「本当に?」


「もちろん」


「本当の本当の本当に?」


 …………。


「た、多分……」


「何故そこでどもるのです!?」


「あぁいやだって……!」


 華黒が何度も聞き返すから、などと言い訳しようとして、


「だって今度も私を助けてくれるからに決まってるわ。ねぇシロちゃん?」


 それより早く僕じゃない声が解答欄を埋めてしまった。


 僕の代わりに答えたのは、腕の中で無邪気に笑いながらのナギちゃん。


 ていうかちょっと!?


 最悪のタイミングで口を挟まないで!?


「何ですかあなたは! 私と兄さんの間に割り込んでこないでください! 兄さんがあなたなんかのために二度もこんなことするはずないじゃないですか! だいたいいつまで兄さんに抱きついているんです!?」


「私が抱きついてるんじゃないわ! シロちゃんが私を抱きしめてるの!」


「それはあなたを助けるために仕方なくです! 何を鬼の首でもとったかのように!」


「助けてもらったのは事実でしょ! きっと今度も私を助けてくれるのよね?」


「んー、どうだろう」


 そもそもこんな事態が二度も続いてほしくないのが本音なんだけどな。


「ほら、シロちゃんだって快く同意してくれてる!」


 え、どこをどう聞いたらさっきの返事が同意になるの?


「違います! 兄さんははっきりと拒否したのです!」


 いや、そういうつもりでもないんだけどね。


「そうよねシロちゃん!?」


「そうでしょう兄さん!?」


 …………。


「……えーと」


 前からナギちゃんに、後ろから華黒に、それぞれ抱きつかれて逃げ場がないんだけどな。


「……だから、その……」


 ここは話題を逸らすべきだと判断。


「僕としてはなんだか注目されてきたから離れてほしいな、なんて」


「「……あ」」


 今気付いたのね二人とも。


 なんといってもトラックのクラクションと直後の事故。


 そして僕に抱きつく女の子二人。


 駅の近くでこんなことをしていれば注目されないわけもなく。


 なんやかやとグダグダやってるうちに僕らの周りには小さな人だかりまで出来つつあった。


 慌てて僕から離れる二人。


「えーと、それでさ……これからどうしようか?」


「どうしようって何がよ、シロちゃん」


「だからさ。事故が起きちゃったんだから警察に連絡とか」


「そんなことは野次馬がしてくれてると思うわ。それより肝心の運転手さんは?」


「車内でうつむきながら念仏を唱えていますよ。どうにも兄さん達を轢いてしまったと勘違いなさっているようで、現実を確認する勇気がないのでしょう」


「かわいそうに……」


 いや、僕が言えた義理じゃないのはわかってるんだけどね。


「構わないわ。事後処理はきっと獅子堂がやってくれるのだから。携帯でここまで呼び出せばそれで終わりよ。それよりシロちゃん」


「ん?」


「ちょっと屈んで?」


 口元に手を添えて内緒話の仕草をするナギちゃん。


 いったい何の話か。


 相対的に高すぎる僕の身長を屈めて、耳を彼女の口元まで近づける。


「(あのね……)」


 ナギちゃんは僕にだけ聞こえるように声をひそめてこう言った。


「(助けてくれてありがとう!)」


 聞き終えたと同時に、頬にやわらかい感触。


 ナギちゃんの可愛らしくすぼめた唇が僕から離れていく。


 …………。


 今、キスされたような……。


 なんてぼんやり考えてると、


「あーっ! 私の兄さんになんてことするんですか!?」


 当然というか……華黒が激昂した。


「えへへ~。まぁ淑女なりのお礼?」


「何がお礼ですか泥棒猫!」


「いいでしょ。唇奪ったわけじゃないんだから」


「当たり前です! もしそんなことをしたら硫酸で溶かして事実抹消しなければならないじゃないですか!」


 ……それはいったい何を溶かすの?


 まさか僕の唇をじゃあるまいな。


「と言われてもねぇ。私、本当にシロちゃんのこと気に入っちゃったみたい。ねぇ、また会えるかなシロちゃん?」


「ん~、どうだろう」


「会わなくていいです! 何を迷っているのです兄さんは!」


「いや、だってナギちゃんが……」


「兄さんは私とだけいればいいのです! ほら、接吻なら私がいくらでも……」


 頭に血がのぼって周りが見えていないのか。華黒は世迷言をほざきながら再度抱きつこうとしてくる。


「駄目だって華黒! 人目を気にしてよ!?」


「じゃあ人気のないところにいきましょう?」


「そういう意味じゃないから!?」


 言い終えると同時に華黒のタックルをさばいてみせる。


 が、そんなことで僕の妹が諦めるはずもなく。


 結局、獅子堂さんが駆けつけるまでの間、僕は華黒の求愛攻撃にさらされつづけた。


 なんて日曜日だ、本当に。



 

    *

 



 そもそも僕はラムスデン現象を引き起こす白い液体を買いにいっただけのはずなのだけど、何をどうすればこうまで忙しい一日になるのやら。


 既に帰ったアパートの自室で、僕は寝巻きに着替えながら今日のことを反芻する。


 あの後、警察や獅子堂さんに状況の説明する必要はあったのだけど、状況が状況だけに僕らは無関係という形で終わった。


 ナギちゃんは道路に飛び出しただけ。


 僕も同じく。


 結局はトラックが一人でに事故を起こした、ということに相成る。


 まぁ運転手にとって納得できることではないだろうけど、そこはそれ。僕らは対岸の火事ときめこんだ。


 ナギちゃんは……小路での華黒の言葉がきいたのか、はたまた生死の境に帰巣本能が目覚めたのか、素直に家に帰ると言い出した。


 ただ、


「またね」


 という何気ない別れの挨拶にとてつもなく嫌な予感を覚えたのは、一抹の不安として僕のなかに残った。


 …………。


 まぁ、いいか。


 今日の疲れがたまったせいか家に帰り着いてからの時間の観測は矢の如く、いつのまにか夕食を食べ終わり、いつのまにか風呂に入り終わり、気付けば寝るだけという……。


 既に寝巻きにも着替え終わり、僕は部屋の中心に垂れ下がる紐を何度か引っ張って灯りを消す。機械的で小気味良いスイッチの音の連続とともに辺りの明るさが変化していき、ちょうど三度目で真っ暗になる。


「……ん?」


 そこでようやく気付く。


 暗くなった空間が故に、差し込む光もまた印象的で。


 ダイニングの明かりを背負った華黒が、部屋の扉の前に立ち尽くしていた。


 彼女もまた寝巻き姿で、ついでに枕を抱えている。


「どうかしたの?」


「……その、今夜は一緒に寝てもいいですか?」


 枕で口元を隠しながら華黒はおずおずといった様子でそんな案を持ち掛けてきた。


「いつもは無断で入ってくるのに、今日はどうしたんだい?」


「だって……」


 だって?


 毎度毎度僕の了解も僕への遠慮もなしに忍び込むくせに何を今更……と、そこまで考えてから原因を思いつく。


 ああ、そうか。


 僕が危険な真似をしたせいか……。


「……いいよ」


「本当ですか!? えへへ……」


 何気ない肯定なんかに彼女の表情がほころぶ。


 高校生にもなって兄と寝るもなかろうに。


「腕枕なんてしてくださるともっと嬉しいのですが」


「却下。そもそも自分で枕持ってきといてそれはないんじゃない?」


「むー」


 呻く妹をよそに僕はベッドへと入る。


 華黒もまたダイニングの明かりを消すと、僕のベッドへと入り込んできた。


「その……不束者ですがよろしくおねがいします」


「いや、何もしないから」


「ぜひお願いします」


「だから何もしないって」


 柳に風な僕の受け答えに、華黒の頬がすこし膨れる。


「兄さんの甲斐性なし」


「それで結構」


「据え膳食わぬは男の恥と世間一般では言いますが」


「よそはよそ。うちはうち」


「と言われましても。今夜は思い切って買ったばかりの勝負下着をつけてみたんですよ?」


「そ」


 多分、あの赤い奴だろう。


「あの、ではせめて見るだけでも……」


 そう言いながら華黒はどれほどの躊躇もなくパジャマのボタンを外していき、


「だぁーっ!? やめてっていつも言ってるよね!?」


 僕が無理矢理制止することで初めて妹の奇行はストップした。


 それでも幾分か脱げかけたパジャマの胸元から赤色のアレがチラリと見えて、僕は思わず目を逸らしてしまった。


 視界の端で華黒は悪戯好きの小悪魔みたいに小さく笑う。


「そんな……それじゃあどうやって兄さんを誘惑しろと?」


「しなくていいから!?」


 ええい、気を許すとすぐこれだ。


 結局、僕が落ち着いて睡眠をとれたのは、それから一時間後のことだった。


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