『夏は過ぎ風あざみ』5
「古墳の成り立ち……豪族が……地域住民の話によると……中から出てきたのは……要するに歴史的遺物を逆算すると……なるほど……つまり三角縁神獣鏡が……」
僕と碓氷さんは適当な喫茶店に立ち寄り取材の情報をプレートに変えるための再認識を行なっていた。
とある古墳の調査を任された僕と碓氷さんであるから、二人して文化祭のための資料作りに奮闘しているというわけだ。
僕はコーヒーを、碓氷さんは紅茶を飲みながら、アレコレと議論を交わす。
ちなみに取材といっても古墳の写真を撮って、古墳の土地の権利者に話を聞いただけだ。
まぁ高校生の展示なぞそんなものだろう……と思う僕に碓氷さんも同意してくれた。
良好良好。
「じゃあ後は任せていい?」
僕がそう問うと、
「うん……預かります……」
力強く碓氷さんは頷いた。
「助かるよ」
苦笑いをして苦いコーヒーを飲む。
「ところで」
閑話休題。
「あれからどう?」
「どう……とは……?」
主語が欠落したのは僕のミスだ。
「イジメ……起きてない?」
「大丈夫……」
「ならいいんだけどね」
「今季の生徒会長もハーレムの一人だし……来季の生徒会長候補の最右翼もハーレムの一人だよ……?」
「お姉様……か」
あんなザ・俗物を崇拝する気には僕にはなれないけど、他者の意見を否定するほど傲慢にもなれない。
「もとより瀬野二は酒奉寺家と密接に繋がっている……。だから私がイジメをお姉様に告発すれば自動的に敵を追い落とせる。それがストッパーになってるのは否定できない」
まぁ可愛い女の子が苛められているのを良しとする性格じゃないのは僕も重々承知してはいるんだけど……。
「まぁイジメが起きてないならいいんだよ」
杞憂に終わったようだ。
ほっとする僕。
何せある意味で碓氷さんをハーレムに入れたのは僕が一因だからだ。
「百墨くんは……?」
「は?」
「百墨くんはイジメとか受けてないの……?」
「僕が? 何で?」
「だって……」
言いにくそうにムズムズと唇を波立たせ、
「百墨さんと百墨ルシールさんをはべらせているんでしょ……?」
「耳が痛いね」
苦笑してしまう。
「百墨さんとは……去年の文化祭から付き合い始めたよね……?」
「まぁね」
その後色々あったけどそれをここで言ってもしょうがない。
「そして百墨ルシールさんまで恋人にした……」
「否定はしないよ」
「男子からはよく思われていないよ……?」
「いいんじゃない?」
もとより僕は排斥されることを良しとする人種だ。
今更恨み言の一つや二つに構ってなぞいられない。
「もしかして……」
「もしかして?」
「百墨くんは……お姉様みたいにハーレムを作りたいの……?」
「まさか」
僕はコーヒーをすする。
「でも……百墨さんや……百墨ルシールさんや……他の一年生や……お姉様を……誘惑してるでしょう……?」
「向こうから寄ってきてるだけだよ。僕には関係ない案件だ」
「そうなの……?」
「そうなの」
首肯する僕。
「じゃあ誰が好きってわけじゃないの……?」
「華黒が好き」
それだけは譲れない。
碓氷さんの目の端が煌めいた。
真珠のような涙だった。
「そっか……」
憂いを含んだ表情には狼狽えるほかなかった。
「もしもし碓氷さん? 何故泣く?」
「意味は無いよ……」
んなわけあるか。
「勝手に泣いたとでも言うの?」
「うん……。勝手に泣いた……」
んなバカな。
「そんな途方もないことを信じろと?」
「別に何処で私が泣こうが百墨くんには関係ないでしょ……?」
「でも美少女が涙する理由は百万の言葉に勝る」
「ふえ……私のこと……美少女だって言ってくれるの……?」
「うん……まぁ……。そうでなきゃ昴先輩のハーレムに入れないでしょ?」
「だね……」
涙を拭いて納得する碓氷さんだった。
「やっぱり私じゃ届かない……か……」
「何が?」
「何でもないよ……?」
誤魔化す様に碓氷さんが言う。
「ともあれ今日の取材を元に展示物として再構築するから……百墨くんは気兼ねなく過ごしてくれて構わないよ……」
「ん。助かる」
そう言って僕は喫茶店の領収書を握る。
「いいの……?」
「碓氷さんに仕事を押し付けているからね。ここの払いくらいは僕に任せてよ」
そう言って笑うと、
「あう……」
碓氷さんは言葉を失うのだった。




