『夏は過ぎ風あざみ』4
「Ppp! Ppp! Ppp!」
目覚まし時計が鳴る。
手に届く範囲に置いたのが致命的だった。
「ん……」
僕は寝ぼけた頭で反射的に時計を黙らせる。
朦朧とする意識の中で、その微睡に身を任せる。
「……まだ寝る」
「駄目です!」
明朗な声が聞こえてきた。
「か……ぐ……ろ……?」
「はい。兄さんの兄さんの兄さんの華黒です」
「僕の華黒……」
「はい。そうですよ。私の私の私の兄さん」
「もうちょっと寝かせて」
そんな僕の願望に、
「はぁ」
溜息をつく華黒だった。
「うんざりだ」
という思念が含まれている。
微睡の中でもそれはわかった。
「では実力行使に出ます」
「ん?」
次の瞬間、華黒は僕にディープキスをしてきた。
そして、
「…………っ!」
強烈なミントの刺激が口内に広がって認識したニューロンが意識を覚醒に導いた。
「がはっ……げほっ……ぐへっ……!」
あまりに強烈な刺激に舌が悲鳴を上げる。
お口爽やか。
「お目覚めですか兄さん?」
「悪魔か君は……」
ミントの錠剤を何とか噛み潰して飲み込んで、そんな不平不満を言いながら、僕は覚醒した意識で状況を把握した。
華黒が手に持っているケースには、
「超刺激! 眠たげな君にゴッドミント!」
と書かれていた。
要するに眠気覚ましの錠剤だ。
それを口に含んでディープキス。
口移しで僕の口内に放り込んだのだろう。
無茶をする。
「でも目をお覚ましになられたでしょう?」
「否定はしないけどさ」
「昼食の準備は出来ております」
これは予定通り。
「昼飯時に起こして」
と昨夜華黒に通達していたからだ。
「今日の昼食は?」
「起きたばかりの兄さんには胃の重いのはありえないだろうと思いまして軽いサンドイッチにフレッシュジュースです」
「ありがと華黒」
起き上がってポンポンと華黒の頭を優しく叩く。
「えへへぇ」
幸せを噛みしめる華黒だった。
……お安い出来で。
まぁしょうがないことだ。
それに……何より恥じらう華黒は可愛いしね。
ならそれで十分だ。
さて、
「くあ……」
と欠伸をして寝間着のままダイニングに顔を出す。
「コーヒーを淹れましょうか?」
「フレッシュジュースがあるんでしょ? いたずらに舌に刺激を与えたくはないね」
「ですか。ではどうぞ昼食を」
そう言って僕と華黒はダイニングテーブルについて食事を開始する。
サンドイッチは丁寧に作られており、素人判断ながらも美味であった。
シャキシャキのレタスとキュウリに……薫り高いトマトとチーズ。
レタスとキュウリとトマトの水分をパンに染み込ませないようにバターが薄く丁寧に塗られている。
総合して再びになるけど美味だった。
フレッシュジュースを飲む。
グレープフルーツのソレだ。
ほどよい酸味がサンドイッチに合致する。
「どうですか兄さん?」
おずおずと華黒が問うてくる。
「ん。美味しいよ華黒」
ところで、
「今日はルシールと黛はいないんだね」
僕は今更ながらそう言った。
今日は日曜日。
いつもなら僕とかしまし娘で食事をとっているはずだ。
いい加減かしまし娘の扱いにも慣れてきていたから、いなかったらいなかったで疑問を覚える僕だった。
「ルシールと黛は文化祭の準備に奔走してますよ。喫茶店をやるそうです」
さいでっか。
チラリと時間を見やる。
現在十二時半。
正午も後三十分……といったところだ。
テキパキと食事を片付けると僕はシャツを羽織ってジーパンを穿いた。
対して華黒も純白のワンピースに麦わら帽子という夏真っ盛りな服装をしていた。
「なんのつもり?」
「私も兄さんについていきます」
「却下」
僕は快刀乱麻に断ち切った。
「私を置いて碓氷さんとデートするつもりですか!」
「ただの取材だよ。色っぽいことは何もないから安心して。僕の好感度を上げたいなら美味しい夕食を準備して待ってるのが一番」
「むぅ」
華黒は不満らしかった。
要するに文化祭の展示会の取材に碓氷さんと行く様約束を取り付けているのだ。




