『夏は過ぎ風あざみ』3
「兄さんには精のつくモノを」
「しかしてルシールは」
「そちらと別に」
「ルシールに関して」
「ええ、一品減らして」
「そんな」
「でも主食で妥協を」
「それでも」
「兄さん本位です」
「マシロニズムですねぇ」
これら華黒と黛の議論によって今日の昼食は素麺とウナギに決まった。
無論市販のウナギだ。
目黒の秋刀魚理論だけど高校生にモノホンのウナギなぞ用意できるはずもない。
そもそもにして、
「夏はウナギに限る」
は平賀源内のプロパガンダだ。
ウナギの旬は冬である。
とはいえ精が付くのも事実なので否定することもないのだけど。
そんなわけでスーパーでウナギの蒲焼を買って帰る僕たちだった。
素麺は既に家にある。
そして僕たちは帰宅する。
黛とルシールは一時的に自身の城に帰宅し、私服に着替えるらしい。
僕と華黒も各々ラフな服に着替える。
それから華黒はエプロンを纏ってキッチンに立つ。
「兄さん?」
「あいあい」
「昼食までに何か飲みたいものはありますか?」
「じゃあコーヒーで」
そう言うと華黒は手早くコーヒーを淹れてくれた。
当然ドリップである。
さて、
「お待たせしましたお姉様」
「………………あう」
ルシールと黛が現れた。
黛は私服にエプロン姿。
ルシールは普通に私服。
どちらもカジュアルなシャツとスカートだ。
「ではルシールは邪魔なのでお姉さんと一服しておいてください」
そう言ってグイと僕にルシールを押し付ける黛だった。
「………………あう……黛ちゃん」
抗議するような……事実抗議だろう……ルシールの言葉。
「大丈夫です。大丈夫なんですよ」
意味不明な黛の言。
何が大丈夫?
そう聞きたいけど止めた。
あまり愉快な話になりそうもない。
僕はズズとコーヒーをすする。
「………………あう」
僕の対面にルシールが座りコーヒーを飲む。
ルシーるルシールはとても可愛かったけど、それは胸の詩集に刻むだけでいいだろう。
しばし沈黙。
破ったのはルシールからだった。
「………………真白お兄ちゃん?」
「なぁに?」
「………………薫子さんの……手紙についてだけど」
「ああ、これ?」
僕は懸想文を示してみせた。
「………………うん……それ」
首肯するルシール。
「………………どう思ってる?」
「というと?」
「………………ウザい……とか」
「まさか。こんなどうしようもない僕を慕ってくれて光栄だよ」
皮肉げに僕は言う。
「兄さん? 聞き捨てならない言葉が聞こえましたが?」
「お姉さんも移り気ですね」
華黒は嫉妬……黛は悦楽を……それぞれ示す。
「だって他に言い様もないんだもの」
「その手紙の主が美少女とは限りませんよ?」
「だろうね」
華黒の中傷に僕は頷く。
「仮に美少女だったらお姉さんはどうします」
「どうもしないよ」
それだけ。
「兄さん!」
「だーかーらー……どうもしないって言ってるでしょ?」
「本当ですか?」
「本当です」
そもそもにして、
「僕には華黒がいるんだから」
「そんなにお姉さんはお姉様を愛してらっしゃるんですか?」
「まぁ色々あってね」
少なくともつまらない話をここでするほど野暮じゃない。
僕と華黒は共依存の関係。
それくらいはルシールにも黛にもわかっているはずだ。
僕は薫子さんの懸想文の封筒を開く。
そこには相変わらず愛が綴られていた。
しかして悲しいかな。
その愛は十把一絡げのソレだ。
僕の心には響かない。
「………………その懸想文……駄目?」
おずおずとルシールが問うてくる。
「僕の心を揺さぶるモノじゃないのは確かだね」
僕は率直に返す。
「………………そう」
俯いてルシール。
ズズとコーヒーを飲む。
ブラック故にほろ苦い。
それが即ち恋の味だった。




