『夏は過ぎ風あざみ』2
じゃあ今日は終わり。
気を付けて帰りなさい。
一字一句に間違いはあるけど、ともあれ忠告とテンプレに従った言葉を発して担任の教師は教室を出ていった。
ロングホームルーム……終了。
時間はまだ昼。
今日は始業式だけで終わりだ。
明日からは何事もなかったように七時限授業が始まるけど。
こういうことに関しては大学生が恨めしい。
昴先輩は今頃キャンパスでイチャコラやっているのだろう。
何せ大学生の夏休みは二か月あるのだから。
ちなみに春休みも二か月。
合計四か月。
一年の三分の一が休暇という中高生には有り得ないスケジュールだ。
閑話休題。
「兄さん」
「あいあい?」
「帰りましょう」
「だね」
華黒との会話も今更だ。
僕は軽い鞄を手に持って立ち上がった。
いつも通り、
「お姉さーん。お姉様ー」
僕たちのクラスに直結する廊下からヒョコヒョコと手を振って自己主張する黛がいた。
これもいつもの光景。
「………………」
扉の陰からちょっとだけ頭部を出して僕を見つめるルシールもいた。
これもいつもの光景。
僕と目が合うと、
「………………あう」
ルシーりながらヒョイと扉の陰に隠れる。
これもいつもの光景。
「では行きましょう兄さん」
ごく自然に華黒は僕の右腕に抱きついた。
腕に押し付けられたフニュンとした感触がなんなのかはわかっていたけど狼狽えもしないし感慨もわかない……フリをする。
見破られれば華黒が調子に乗るのだからしょうがない。
そして右腕に華黒をエスコートさせながらルシールと黛と合流する。
「お姉さん、どうも」
はいどうも。
「ほら、ルシールも」
「………………お兄ちゃん……どうも」
「そうじゃなくて」
「………………そうじゃなくて?」
「お姉さんの左腕に抱きつきなさいよ」
「………………あう」
これだ。
黛は僕とルシールをくっつけようとする。
いや……まぁ……友達の恋を応援するのは悪いことじゃないけども……。
「………………いいの? ……お兄ちゃん?」
「今更でしょ」
僕は既に諦観の域だ。
そもそもにして、
「華黒ちゃんとルシールちゃんに二股をかけている男」
というレッテルを張られている。
原因は黛だけど抵抗しない僕も一因ではある。
そんなわけで華黒とルシールをはべらすのは男子生徒諸子には受け入れがたいことながら僕にとっては本当に今更だ。
「おいで」
「………………っ! ……うん」
ホニャラっと笑って僕の左腕に抱きつくルシール。
衆人環視の視線が痛いのも今更。
まぁ僕が不幸の無い人生を送っていて人格の形成に問題がなかったとしたら……僕だって現状の僕を嫉妬するだろう。
それくらいはわかる。
ともあれルシールと黛と合流すれば最初の話題は鉄板だ。
「お姉様」
「なんです黛?」
「お昼ご飯はどうしましょう?」
本来なら、
「晩御飯はどうしましょう?」
なのだけど今日に限っては昼に学校が終わったのだから致し方ない。
「黛さんとしてはルシールが疲れているみたいですから胃に優しいものを作ってあげたいのですが……」
「兄さんの意見はどうでしょう?」
「僕も夏バテ気味だからあまり濃いのはちょっと……」
「そうですか」
そんなアレコレを話しながら僕は華黒とルシールを両腕に抱きつかせて、三歩後ろに黛を連れて昇降口へと向かうのだった。
そこで一旦ルシールと黛と別れて靴箱から外靴を取り出す。
ヒラリ。
「…………」
重力に引かれて軽やかに落ちた物が一つ。
外靴を取り出した勢いで靴箱から落ちたのだ。
封筒。
そう呼んで差し支えない代物だった。
「兄さん?」
華黒が怒気をはらんだ声で僕を呼ぶ。
「僕に怒ったってしょうがないでしょ」
肩をすくめるほかない。
「おや、お姉さん……またですか?」
「………………あう」
既に外靴を履いてこちらに合流した黛とルシールが各々の反応をした。
封筒を拾って裏を見る。
そこには、
「薫子」
という自己主張の文字が羅列していた。
相も変わらず薫子さんからのソレだった。
いいんだけどさ……別に。




