『いざ避暑』4
夕食はバーベキューだった。
カレーと並んで夏の旅行の定番メニューだ。
とは言っても白坂のメイドさんたちが準備し、振る舞ってくれたんだけど。
僕と愉快な仲間たちは焼けた肉や野菜を食すだけだった。
「何だかなぁ……」
と思わざるをえない。
有難味もへったくれもない。
まぁ美味しくはあるんだけど。
赤外線によって焼かれた串に刺さった牛肉をかじる僕。
「どうですかお兄様?」
白花ちゃんが声をかけてきた。
「何が?」
「食事です。美味しいですか?」
「そりゃまぁ」
「なら良かったです」
ニッコリと笑う白花ちゃんはまぶしかった。
純粋とは白花ちゃんみたいな女の子の笑顔を指して言うのだろう。
まぁ小学生ではあるんだけど……むしろ小学生だからこそ演技ではない素の表情だとわからせる何かがある。
「お兄様?」
「あいあい?」
「はい、あーん」
白花ちゃんは僕の口元に焼かれた豚バラを近づけた。
もちろんメイドさんが焼いてくれたモノだ。
「あーん」
僕は豚バラを食べる。
ここまで整えておきながら食材がグラム百円のソレではあるまい。
噛んだ豚肉はジュワッと油と旨みと豊潤さを以て味覚を凌辱するのだった。
「美味しい?」
「うん。まぁ」
否定はできない。
するつもりもないけどさ。
「なら良かった」
くつくつと白花ちゃんは笑う。
「でも申し訳ないね」
「何がです?」
「食事の準備をメイドさんに任せるのが……さ」
「給料の内ですよ?」
そうはいうけどさぁ……。
「それにお兄様は忘れていらっしゃいます」
「何を?」
「お兄様が白坂の血脈に繋がる者だと」
「意識した覚えはないけどね」
皮肉ってあげた。
「お爺様が亡くなったことをもって……真白お兄様は白坂家に帰順する権利と義務とを持っているんですよ?」
「今の僕は百墨の父さんと母さんに養われてる身だからね」
「無論手切れ金は積みますが?」
「銭金の問題じゃないよ。こういうのは」
「むぅ……」
白花ちゃんは怯んだ。
まぁね。
確かに名家……白坂家に帰順すれば贅沢な暮らしが出来るのだろう。
少なくとも白花ちゃんはそのつもりだし……白花ちゃんの母親である白坂百合さんもそのつもりではあるはずだ。
でもそれが僕にとっての幸福かと問われれば否という他ない。
少なくとも僕にとっては。
金や名誉ではなく愛に生きる。
華黒風に言うのなら命を賭した恋愛事情。
それが僕の幸福だ。
少なくとも現時点においては。
そう白花ちゃんに言うと、
「……そうですか」
俯かれ憂えられた。
「悪いとは思ってる」
僕はフォローする。
「でも僕には既に華黒がいるから」
「クロちゃんは……!」
白花ちゃんは僕たちの事情を知っている。
「クロちゃんはズルいよ……」
「…………」
言いたいことはわからないでもない。
華黒はズルい。
僕の心を独占している。
そしてそれは根深い問題だ。
少なくとも誰かが肩代わりできる問題ではない。
僕と華黒で完結して、それ以上隙間のない問題だ。
でも他に選択肢はなかった。
少なくとも過去の僕と華黒には。
「…………」
もしかして僕と華黒は傷を舐め合っているだけなのかも……とは思わないでもない。
でもそれが僕で……それが華黒で……。
だから他の方法を僕たちは知らないのだ。
そんなことは白花ちゃんだって百も承知のはずだ。
「クロちゃんは……ズルい……!」
繰り言。
そこに込められた想いは先の言よりなお深い。
僕は串に刺さった牛肉を齧る。
咀嚼、嚥下。
「ともあれ」
結論を急ぐ僕。
「僕にとって華黒は大切な妹だから」
「恋人じゃなくて?」
「そう言ってほしいの?」
「……意地悪」
拗ねたように白花ちゃん。
「でもお兄様の意見はわかりました」
そして白花ちゃんは焼きトウモロコシを食べ始める。
僕も新たに焼けた肉を食べ始めた。