『いざ避暑』2
そんなわけで僕たちは避暑をすることになった。
この《僕たち》は僕こと真白と華黒とルシールと黛と昴先輩と白花ちゃんのことである。
ルシールと黛についても事情は説明してあるのでトラブルは起きなかった。
手ぶらでリムジンに乗り白坂家が所有する別荘まで。
去年も行った海沿いの別荘である。
先にも言ったけど手ぶら……荷物の一つも僕たちは持っていない。
そもそもにして白坂の根回しの前には必要ないと言うべきだ。
着替えも食事もその他諸々も全て白坂家が段どってくれている。
唯一無いのは水着だけ。
「それもこちらで用意する」
と言った白花ちゃんに、
「駄目だ。乙女にとって水着選びは夏の儀式だ。疎かにするわけにはいかない」
と血の涙を流しながら反論したのが昴先輩だった。
どこまでも欲望に忠実な人だ。
ある意味で尊敬すら覚える。
そんなわけで避暑地の行く前に先輩御用達の水着ショップに寄るのだった。
多種多彩な水着、水着、水着。
「兄さん。紐ビキニなどどうでしょう?」
「駄目です」
「真白くん、今年こそパレオの水着を……」
「却下」
「お姉さんは水着買わないんですか?」
「女性用の水着しか売ってないこの店で何を買えと?」
「………………お兄ちゃん……どの水着が好み?」
「ルシールは出るとこが出てるからビキニがいいんじゃない?」
「お兄様! ほら! スクール水着」
「あー……いいんじゃない?」
去年は否定したけど今年はもう反論する気力さえごっそりと抉り取られていた。
きゃいきゃい言いながら美少女たちが水着を試着する。
その度に感想を求められ、僕の気力は減じざるをえないのだった。
誰か変われるものなら変わってくれ。
贅沢な悩みだけど悩みは悩みだ。
「兄さん」
「なにさ」
「どうですか?」
華黒は水着を強調してモデルよろしくポーズをとる。
黒いビキニだ。
去年昴先輩が着たものに似ているけれど面積はアレよりさらに狭い。
「自分の気に入ったものを買えばいいんじゃない?」
僕は答えに窮してそんな感想を紡いだ。
そしてそれを悟られた。
ニマァといやらしく笑う華黒。
「ではこれにしますね」
できればもうちょっと刺激の少ない水着が良かったんだけど……そう進言するには遅すぎたようだ。
いいんだけどさ。
「お姉さーん」
これは黛。
桃色ワンピース。
慎ましやかな胸ながら端正なボディラインを強調してやまないチョイスだった。
「どうです?」
「いいんじゃない」
僕としては一刻も早くこの場を退散したかった。
が、状況はそれを許してはくれない。
「真白くん。どうだい?」
「びゅうてぃふぉお」
昴先輩の波模様のパレオビキニに賞賛を贈る。
無論、投げやりに。
「ほらほら。ルシールも恥ずかしがってないで」
黛が試着室からルシールを引っ張り出していた。
「………………あう……でも……これは」
ルシールはルシーるっているようだった。
「いいからいいから」
そうやってルシールが僕の視界に映る。
当然ながらルシールは水着を着ていた。
「………………あう」
ルシーるルシール。
僕はズキズキと痛むこめかみを指で押さえた。
ルシールが着ているのはスクール水着だった。
それも純白の。
ちなみにルシールのプロポーションは整っている。
華黒には及ばないものの昴先輩よりは上だ。
そんなルシールがスク水を着ているのだ。
胸は窮屈なスク水を拡張してめいいっぱい主張していた。
大きな胸がスク水にぎゅうぎゅうに詰め込まれている光景はまさに目に毒だ。
ちなみにこの水着専門店はフォローやアフターサービスも完備しており、ルシールのスクール水着の胸元に、
「るしいる」
と刺繍するのも仕事の内だとか。
「いいねえいいねえ最高だね」
昴先輩はご納得の様子だった。
こういうところは敬ってしまう。
少なくとも僕には無理だ。
「………………お兄ちゃん……駄目?」
上目づかいに問うてくるルシールに反論できるはずもなく、
「よく似合っているよ」
おべんちゃらをかます僕。
会計は白坂家のブラックカード。
各々が各々の水着を持って白坂の別荘へと向かうのだった。
とは言ってもリムジンで運ばれるだけなんだけど。
「そういえば」
僕は昴先輩に問う。
「白坂家と酒奉寺家は仲良くないと聞いてるんですが大丈夫なんですか?」
「構うまい」
「僕を狙っているという意味では白花ちゃんとも相反するでしょ?」
「構うまい」
当人がそう言うならいいんだけどさ。
僕はリムジンの扉の内側に肘をついて流れる景色を眺めた。
そしてリムジンは僕たちを白坂の別荘へと運ぶ。