『夏休み突入』4
結論から言って冷やし中華は美味しかった。
まぁ華黒においては不味い料理を作る方が難しいだろう。
まして採点するのが僕ともなれば寿命を削ってでも最高のモノを用意するはずである。
スズキのあらいは瑞々しく美味しかったし(ちなみにこれは出来合いのモノで華黒の力量ではない)冷やし中華も爽やかだった。
食べた僕本人が言うのだから間違いない。
手伝った黛の能力も既に体験しているため、その点についても言及する意味や意義はまったく無いだろう。
そして夕餉はデザートへ。
ルシールの選んだヨーグルトにざっくばらんに切ったバナナをまぜた代物だ。
甘く美味しかったし、それは全体の総意でもあった。
そうやって夕餉を終えると、
「ゴチになりました」
黛がそう言った。
「いや、君も手伝ったでしょ?」
とは僕は言わなかった。
不毛だからだ。
「………………ごちそう……さまでした」
ルシールもおずおずと頭を下げる。
どうにも自分のぶきっちょを責めている節がある。
料理を手伝っていないのは僕も同じだ。
むしろ昼間……図書館にて黛に勉強を指導できただけでもルシールは役に立っていると思うんだけど……。
勉強も家事も華黒任せの僕とはえらい違いだ。
ん?
僕ってヒモ?
とまれ、
「お粗末さまでした」
華黒はルシールの言に笑顔で答えた。
そして僕と華黒は部屋を出ていくルシールと黛を見送るのだった。
もっとも隣の部屋なんだけど。
そして恐縮しきる後輩二人が僕たちの玄関を閉めるまで僕と華黒は手を振って、
「……それで?」
穏やかだった華黒の瞳に敵意に似た何かの感情が浮かんだ。
その視線が僕に向けられる。
正直なところプレッシャーが半端ないんだけど……華黒が何を言いたいか……何を言おうとしているかは簡単に予測できた。
つまり、
「懸想文の件でしょ?」
そーゆーことなのだった。
「兄さんはおモテになりますものね」
ツーンと捻くれる華黒。
とは言っても……ねぇ?
この義妹は言葉にしなきゃわからないんだろうか。
……そうなんだろうけど。
「とりあえず華黒」
「何です?」
「紅茶」
「はいな」
そして華黒が紅茶の準備をする間に僕は薫子さんからのラブレターを封筒を開けて読むのだった。
そこには甘い愛が綴られていた。
僕の容姿を褒めるところから始まって、その精神性に心を打たれたと言い、申し訳ないと謙虚に己を諌め、それでも百墨真白を愛していると結論付ける。
既に何度か受け取っている薫子さんの手紙だったけど、変わらないのは僕への慕情ばかりではなく文の内容にしてもそうだった。
まぁそれについてはつっこむまい。
ただ薫子さんの意図がわからない。
九回裏十対零の諦めムード全開の文面ではあるのだけど、ならばどうして次の恋に移ろうとしないのか。
そればっかりが不明だ。
僕には華黒がいる。
それを薫子さんも認識している。
理解しているはずなのだ。
僕が華黒にだけ愛情を注ぐということを。
そして文面上、
「それはしょうがないこと」
として諦観を示している。
ならば薫子さんの意図はどこにあるのか?
懸想文を送ることで僕と華黒の仲に穴をあけようというのか?
ならば無駄と言うほかない。
少なくとも僕と華黒の共依存は根深い精神レベルでの問題だ。
他者には理解などできず……干渉もできず……ましてやり直すこともできない……醜い依存症なのだ。
ベラベラと喋ることじゃないから薫子さんには関係ない事情ではあるんだけど。
「兄さん。お風呂が入りましたよ」
悶々と思考のスパイラルに陥っていた僕に明朗な声がかかった。
華黒に言われた通りに風呂に入る僕。
おして華黒が押し入ってくるのは目に見えていた。
さすがにそうだろう。
華黒は僕を必要としている。
そんな僕が赤の他人から懸想文をもらったのだ。
誘惑しなければと華黒が焦るのも無理なからぬことである。
「兄さん?」
「あいあい?」
「まさか薫子からの手紙を承認するわけじゃないですよね?」
怒りと……それから幼児のような嫉妬を乗せて僕を見つめる華黒の瞳。
「大丈夫だよ」
なるたけ安心させるように僕は言う。
「僕は華黒にベタ惚れだから」
「では私を抱いてくださりますね?」
それとこれとは話が別だ。
何度言えばわかるんだこの愚妹は。
「兄さんに近づく者……想いを寄せる者……皆私の敵です」
わかっちゃいるけどね。
湯船に肩までつかる。
「まぁあの……薫子さんもあくまで片思いで決着しているし、さして過敏に反応することもないんじゃないかなぁ……と」
他に言い様もなかった。




