『船頭一人にして以下略』6
「ルシールくんには白と水色の不思議の国のアリスのような衣装が似合いそうだね。そうだね……リボンを大量に使うとしよう。清楚さと可愛らしさの狭間を演出して見せるのが一番効果的かな?」
ルシールをジロジロ見ながら検分する先輩だった。
「華黒と黛は?」
「華黒くんはスーツなぞ似合うんじゃないかな。そうだな……色はオックスフォードグレイ……胸を強調し……全体的にスラリとした印象を与えるスーツ……ミラノ式でいいんじゃないかな?」
「あー」
確かに。
華黒は「出来る女」の雰囲気を持っている。
「黛は?」
「ふむ……和服かな。胸が慎ましやかではあるし、どこか日本人としての業から逃れられない少女だ。蝶の意匠をあしらった和服なぞ合うかもね。もしくはコスプレになるが……テニスウェアなどどうだろう? きわどいアンダースコートで男なんて一撃だ」
よくもまぁ美少女を見るだけでそれに即した衣装を考えられますね。
まぁ、
「美少女を見ることでその子に合わせた衣装のインスピレーションが湧く」
とは言っていたけど。
「そんな目で黛さんを見ていたんですか?」
話を聞いていたのだろう。
キッチンから黛の声がかけられた。
「そもそもそのために来たからね」
「どういうことです?」
「それについては夕食の時に」
僕は問題を先送りにして茶を一口。
先輩はルシールを口説こうと必死だったが、ルシールは頑として首を縦に振ることはなかった。
ちょっと罪悪感。
心の警察がいれば手錠をつけられていただろう。
ともあれ茶を飲み、華黒と黛の作る夕食を待って、ほど一時間。
五人分のカレーライスがテーブルに並んだ。
僕がイレギュラーの席に座り、美少女四人が正式な席に着く。
「いただきます」
の掛け声とともに僕らは食事を開始した。
華黒と黛の作ったカレーだ。
美味しくないわけがない。
「どうですか兄さん?」
「うん。美味しいよ」
ニッコリ笑う僕。
「華黒くんと黛くんの愛情を感じ入るね」
どこまでもブレない昴先輩。
「それで?」
これは黛。
「酒奉寺昴先輩は何ゆえ黛さんやルシールやお姉様を必要としたんです?」
それをこれから言おうと思っていたんだけどね。
まぁ順序に関しては問題ない内容だけど。
「こちらの……」
チラリと華黒と昴先輩を見る。
華黒は双眸を閉じてもくもくとカレーを食していた。
先輩はカレーを食べながらニヤニヤと笑みをこぼしていた。
「酒奉寺昴先輩は今大学生なんだ」
「それは聞きました」
「で、当然ながらサークルに入っているわけで……」
「はぁ」
「そのサークルっていうのが手芸部なんだ」
「はぁ」
「それで手芸部は雪柳学園大学の学園祭でファッションショーをやる予定なんだよ」
「はぁ」
「名付けて七夕祭り。七月の第一日曜日に学園祭である七夕祭りをやって、手芸部はファッションショーというかたちで七夕祭りを盛り上げる」
「はぁ」
「で、先輩は可愛い女の子が好きで……さらに女の子を可愛らしく着飾るのが好きだ」
「はぁ」
「というわけで華黒とルシールと黛に犠牲になってもらおうかと」
「手前勝手な意見ですねぇ」
否定はしない。
「お姉さんはそれでいいんですか?」
「だって受け入れなかったら僕が供物になるんだもん」
事実をただ並べる僕。
「兄さんを女装させないためには私たち……私とルシールと黛がスケープゴートになるしかないと、そういうわけですよね?」
キッパリと華黒が事実を突きつける。
「…………」
間違ってはいないけどさ。
なんだか悪者になった気分。
「安心したまえ。最高に可愛い衣装を用意するから」
その言葉で何を安心しろと。
「ああ……華黒くんにルシールくんに黛くん。こんなに美少女が揃っているんだから私のインスピレーションも増大するというものだよ」
さっきの言葉を思い起こせば有り得ないではないけどさ。
先輩はブレないなぁ。
僕はスプーンを動かしてカレーライスを食べる。
うん、スパイシー。
「僕も華黒の可愛い恰好を見たいけどね」
「…………」
この沈黙は華黒のモノ。
「兄さんは私に期待をしているのですか?」
「ぶっちゃければ」
良い流れ。
「まぁそれならファッションショーに出るのも吝かではありませんが……」
よし……一人落ちた。
「ルシールも去年やったでしょ? また今回もしてくれる?」
「………………お兄ちゃんが……そう言うのなら」
おずおずとルシール。
「なら黛さんも参加しないわけにはいきませんね」
「心強いよ」
っていうか、
「三人分の衣装なんて今から作って間に合うんですか?」
六月の上旬だ。
期間は約一か月。
「大丈夫さ。コンセプトさえ決まれば黙々と針糸を動かすだけだ」
まぁ完璧超人酒奉寺昴ならそうなんだろうけど。
僕はカレーを一口。




