『船頭一人にして以下略』3
電車を降りて都会の散策。
ビル群を縫うように歩いて僕と昴先輩は手芸屋を目指した。
「ところで」
途中コンビニで買ったペットボトルのウーロン茶を飲みながら僕は言の葉を紡ぐ。
「大学の方はどうです?」
「中々粒揃いだよ」
「…………」
そういう意味で聞いたわけじゃないけど酒奉寺昴にとってキャンパスとはつまりそういうことなのだろう。
「大学生にまで手を出してるんですか?」
「無論」
「先輩一回生ですよね? 先輩と蜜月を?」
「火遊びをしたいっていう女性は少なからずいるからね」
「…………」
それが先輩なら言うことなし……か。
ウーロン茶を飲む。
「サークルには入りました?」
「ああ、無論」
「どうせ先輩のことだからいろんなサークルを掛け持ちして火遊びをしたい女性を狙っているんでしょう?」
「失敬な」
憤然と先輩。
「どの口が」
とは言わない。
先輩の次の言葉を待つ。
「私が入っているサークルは一つだけだよ。別にサークルに入らなくても美しい女性は見繕える」
自慢するところじゃないと思うんですが……。
ともあれ、
「ちなみに何のサークルに?」
問うてみる。
「手芸部」
おや。
まぁ。
ちょっと意外。
「先輩縫い物なんて出来るんですか?」
「乙女の嗜みだよ」
ニヤリと笑う先輩だった。
「それに気に入った女の子に自身の作った可愛い衣装を着せてあげるのも悦に入れられる条件と云うものだろう?」
なるほど。
「無論手芸部に可憐な女性が多いのも理由の一つだがね」
「…………」
台無しだ。
オチをつけなきゃ死んじゃう病なんだろうか?
とまれかくまれ、
「いけないことをしているならメジャーをあてるのも簡単ですか……」
そういうことなのだった。
「採寸なんか必要ないだろう?」
あまりに意外な言葉に、
「は?」
ポカンとする僕。
なして?
「女性の寸法なんて見ればわかるじゃないか」
有り得ない言葉を聞いた気がした。
「見ただけで寸法割り出せるんですか?」
恐る恐るな僕に、
「当然」
断ずる先輩。
どこまで規格外なんだこの人は……。
「じゃあ部室でチクチク縫っているわけですか?」
「いや、部室では女性にちょっかいをかけることしかしないね。幸い手芸部は女性しかいなくて、しかもレベルが高いから」
多分それが本質的な理由なのだろう。
そんなことを思った。
事実だろうけど。
「では縫い物は?」
「私の家にはアトリエがある。そこで、だよ」
うーん。
ブルジョアジー。
さてさて。
「じゃあ手芸部に入る必要はないのでは?」
「可憐な女性が多数いるだけで入る価値はあるさ」
躊躇いもなく昴先輩。
「手芸部の部員には私の縫った衣装を既にプレゼントしている」
「ほう」
「写真を見るかい?」
そう言って情報端末を操作して僕に見せてくる。
「これは……」
可愛かったり綺麗だったりする女性がポップやカジュアルやコスプレを身に纏っている画像が表れた。
そのどれもが完成されたデザインだった。
「……これを採寸無しで?」
「然り」
満足げに頷く先輩。
「キャンパスで綺麗な女性を見ればインスピレーションが湧いてね。その女性に着せたい衣装が自然と浮かんでくるんだよ」
「で」
と、これは僕。
「それを目的の女性に着せるために縫うんですか?」
「他にないだろう?」
言い切るなぁ……。
別にいいんだけど。
「将来は服飾デザイナーですか?」
「まさか」
先輩は肩をすくめる。
「酒奉寺のしがらみさ」
それは憂いの言葉だった。
気づかないふりをするのにちょっと苦労した。




