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超妹理論  作者: 揚羽常時
二年生編
155/298

『船頭一人にして以下略』2


 平日。


 梅雨はあけてないけど今日は晴れ。


 ティーシャツとジーパンを纏って僕は朝早くに自身の城から飛び出した。


 華黒の、


「いってらっしゃい兄さん」


 の言葉に後ろ髪を引かれるのはしょうがない。


 でもそれを振り切って僕は外出した。


 第一の目的地は駅。


 サラリーマンの作る波に乗って僕は電車を利用する。


 目的は二駅先の都会。


 ブラブラと時間を潰すには好都合な場所だ。


 今日は一日都会で過ごす。


 それが僕の予定だった。


 電車にガタンゴトンと揺られる。


 通勤中のリーマンに囲まれて、車内の隅で窓に流れる風景を見ていると、フワリと優しさに包まれた。


 優しく……どこまでも甘い抱擁だった。


 そしてカプッと耳たぶを噛まれる。


 ゾクゾクと警戒心が先に立つ。


 優しく抱擁されることが僕にとっての致命的な状況に他ならなかったからだ。


「やあ、真白くん」


 聞き覚えのある声が僕の耳元で言葉を囁く。


「相も変わらず君は可憐だ。とても……とても酩酊してしまうよ」


 その言葉で予感は確信に変わる。


 こんなことを素で言う輩を僕は一人しか知らない。


 他にもいるかもしれないけど少なくとも僕に絡んでいる時点で決定的だ。


「酒奉寺……昴……!」


「正解だ」


 くつくつと笑い声を響かせて、ギュッと僕を抱きしめる昴先輩。


「うん。抱き心地のいい体だ。さすがは百墨真白。私が心を奪われるのも致し方なしと言ったところかな?」


「相も変わらず」


 はこっちのセリフだ。


「先輩。どうしてこの電車に?」


「真白くんがいるからさ」


 観念論はいいから。


「僕と乗り合わせる確率なんて天文単位でしょう」


 そもそもにして、


「大学へはロールスロイスで送迎されているんじゃありませんでしたっけ? それなのによりにもよって電車を使っている……」


 そういうことなのだった。


「僕に発信器でも付けてるんですか?」


「まさか」


 ふ、と僕の耳に息を吐く先輩。


「愚弟に聞いたのさ」


「…………」


 愚弟……。


 それは当然酒奉寺昴先輩の弟……酒奉寺統夜のことを指すのだろう。


「あいつ……」


 それ以上は言葉にならなかった。


 何もかもがやわくちゃだ。


 なぜ統夜が僕の行動を知っている。


 まるでリアルタイムで把握しているかのように。


 そもそもにして、


「一人になりたい」


 と思ったのは今日覚醒してからのことだ。


 統夜に教えているはずもない。


 なのに統夜は正確に昴先輩を導いた。


「本当に発信機の類は付けてないんですね?」


 確認と云うより確信に近い疑問。


「そこまで酒奉寺家は野暮じゃないよ」


「統夜の助言はどう思っています?」


「さぁて」


 昴先輩はむしろサッパリしていた。


「たまにアイツは私にもわけのわからない洞察力を発揮するんでね」


「…………」


 僕の行動を見切られたのを、


「わけのわからない洞察力」


 で完結させられるのも癪だけど、それを昴先輩に抗議するのは無意味だろう。


「本当に……」


 やれやれ……。


「何者なんだ統夜は……」


「それは私こそ聞きたい疑問だな」


「それが統夜の助言に乗っかっている人間の言葉ですか」


「今が幸せなら多少の疑問には目をつむるさ」


「僕は一人になりたいんですけど……」


「まぁそう言うな」


 気さくに昴先輩。


 ギュッと強く抱きしめられる。


 誘惑と云うには弱く、しかして確かな感触。


 電車に乗っているリーマンがちらちらと僕と昴先輩を見ている。


 まぁ無理もない。


「ああ、森の香り……私の贈った香水をつけてくれているんだね」


「腐らせるのももったいないですし」


 皮肉げな僕。


 無論そんなものは昴先輩には通じない。


「本当に酩酊するよ。真白くん」


 そりゃようござんした。


「君と出会えたことにロマンスの神様に感謝せねば」


「大学はいいんですか?」


「今日は講義を入れてないから大丈夫だよ」


 さいですかー。


「どうせならせっかくの休みを使って……僕じゃなくてハーレムの女の子たちを相手にすればいいのでは?」


「手に入らない物ほど渇望するのは人間の業だよ」


 ……わからないではないけど。


「可憐の君よ。今日は君に愛情を注ごうか」


 僕は一人になりたいんだけどな。


 そんな理屈が通じないのも酒奉寺昴という人間なんだけどさ。


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